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科学への道 part2


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<!-- タイトル -->
科学者と理性
<!-- -->
 科学者という者が社会からは別箇孤立の人間であるごとく考える人もあろうが、
彼らはもっとも理性に忠実で好んで自我を表現せんとする人間であるからでもあろ
う。人間一般は時代の進歩に伴って、より多く理性生活をなす状態になったが、未
だ前途はほど遠いのである。即ち科学の進歩は絶えず行なわれておりながら、我々
今日の知識として自然現象を充分|闡明《せんめい》し得ることが出来ないからである。なかんず
く、生命に関する問題は人生にとってもっとも重大な事件であるにもかかわらず医
学者の未だ触れることすら出来ない現象が暗黒の中に|潜《ひそ》んでいるからともいえるで
あろう。即ちこの点で迷信が|跳梁《ちようりよう》することも致し方なき次第である。
 世の中には|迷信《めいしん》的な|取《と》り|極《き》めがはなはだ多い。中にも|縁組《えんぐ》み、|葬式《そうしき》、|住居《じゆうきよ》等に関
するものは日常見聞するところが多いが、|未《み》来に対する人間の|禍福《かふく》が|逆賭《ぎやくと》し|難《がた》いと
いう点から出発しているのである。科学者はこれらの|煩項《はんさ》に対して理性的反抗をあ
えてするが、周囲の説得に対して、心ならずも従うに|余儀《よざ》なくされる。
 かような問題に対して筆者が人々に質問される場合に於ては、まず我らの周囲に
は自然現象の存在すること及び事物の発生に偶然性のあることを以て答える。即ち
我々の生活には一日という単位がある。朝になれば太陽が上って明るくなり、夜は
暗い、これは地球の回転による我らの従わざるを得ない自然現象である。春夏秋冬、
これらもいかんともすることは出来ない。またこれらに|附随《ふずい》して、農作物の収穫等
までも自然現象にもっとも深く関連する|人為《じんい》的の|所作《しよさ》ともいえるであろう。
 これは大部分周期性を|具《そな》えた現象と|視得《みう》るであろうが、世の中にはこれと性質を
異にした、偶然性を充分|具備《ぐび》した現象の多いことに気がつく。風の吹くこと、雨の
降ること等も偶然性に属するものとして|挙《あ》げてもよいであろう。もっとも偶然性あ
るものはたとえば地震のごときもの、これは|何時来襲《いつらいしゆう》するか|予察《よさつ》することも知らな
ければ、またその周期性もなく突然に発生する。もちろん地震の大きさについて発
生回数に差のある事はもちろんであって、小地震は多く、大地震は少ない。この配
分にも何か意味があるのであろうが、現今我らの知識はその点に到達していない。
鳥の|哺《な》くのも、|鯉《こい》の水上に|跳《と》び上るのも周期的現象ではなく偶然性のものに属する
であろうが、なお偶然性を持つものとして、我々の生命を|脅《おびやか》すものは病気の来襲で
ある。
 病気は極めて不秩序に来襲する。もちろん冬に呼吸器の病に|冒《おか》されやすく、夏に
消化器の病に冒される率の多いということはあるであろうが、一個人としては病を
得るのは全く偶然性と考えてよいであろう。病気の発生が極めて偶然的に来襲する
ことを以て、これを理性的に解釈し難いものとなし、世人一般はこれをなにごとか
の原因、たとえば日の悪いこと、|方角《ほうがく》の悪いこと、|信仰《しんこう》の足りないこと等に結びつ
けて|納得《なつとく》しようとする。この行為は正に|迷信《めいしん》の|然《しか》らしむるところである。即ち理性
的にはこれは偶然性を以て説明せんとするに反し、一方には迷信的行為が|擾頭《たいとう》する
のである。
 科学老は全く事物を理性によって合理化せんとする人間であるだけに、世間一般
よりは|変哲《へんてつ》な人間と見られることもやむをえない。しかし、一般の人間が今少し理
性的に進歩するならば、おそらく|消滅《しようめつ》すべき観察となるであろう。即ち我々は偶然
性を信ずるが故に、以上の事物に対して全く理由なきことをいうのであるが、無智
人あるいは宗教的信仰上から、|天讃《てんけん》の存在を信ずる者に於ては決して偶然性として
それを考えることが出来ないで、なんとか原因を考えなければ|承知《しようち》が出来ないので
ある。またその説明たるや極めて|荒唐無稽《こうとうむけい》たるもので、むしろ|噴飯《ふんぱん》にたえざるもの
がある。科学の発展あるいは施設が進んで、ある場合には我々が偶然と考えたこと
も、未然に説明し得ることも生ずるであろう。
 一方に於ては全く理性的考察のみによって、判明する場合もあろう。たとえば伝
染病のごときが来襲する|道程《どうてい》は明白とすることが出来るのであって、|家相方位《かそうほうい》、|天譴《てんけん》等の思想はこの前に全く消散するのである。今日我々はコレラ、天然痘等の伝播
経路《でんぱけいろ》は全く明らかにせられて、たとえば東京において生ずる患者のごときは偶然に
生ずるということなく、世人も|禁圧《きんあつ》、|祈鷹《きとう》等によって、その|罹病《りびよう》から|免《まぬが》れんと試み
るものの一人もなくなった程度に理性的考え方の進んだことは全く|慶賀《けいが》すべきこと
である。|漸次《ぜんじ》他の病気にも及ぼして、病原体の|絶滅《ぜつめつ》せられるならば全く偶然性はな
くなるであろうが、今日に於ては病原体の各処に|散布《さんぷ》され、人間の各所に存在する
限りは、|罹病《りびよう》するものは全く偶然的であるというよりか、その域は脱し得ないので
ある。
 自然研究に当るものも、以上の二区別に|該当《がいとう》する研究法のあることを思い浮べる
ことができるのである。即ち全く偶然性なくして、人々が理性的に働く事によって、
いわばその時間に比例して仕事が|進捗《しんちよく》し得る性質の研究法があるのである。しかる
に一方には、いわば偶然的に事物が判明するものがあって、我々の経験がある事物
に|接触《せつしよく》して、初めて研究の発展が行なわれるものがある。これは上述の二種の病気
の場合と同じである。|而《しこう》して偶然的に接触する我々の経験のほうが科学の発展にお
いて、輝かしき|業績《ぎようせき》を残しているもののほうが多いのであって、いずれの科学者もか
かる偶然性を望まぬものはないであろう。
またかような希望が民族的に、時代的に異っているのは事実であって、試みに以
上の分類に従って科学史上の業績を調べてみるならば|直《ただ》ちに判明することである。
たとえば、ラテン民族の科学上における業績は多く、発見、発明という部類に入れ
得べき業績の多きに反し、ゲルマン民族の科学上の業績は推論的事物の著しきこと
を知るのである。この区別がいかなる原因により、またいかなる|雰囲気《ふんいき》によって|醸《かも》
されたるかは、容易に説明し得ざることであっても、以上の事実は|厳《げん》として疑うべ
きものではない。
 我が国においても、従来科学の研究は欧米人の|糟粕《そうはく》を|嘗《な》むるを以て、本旨なりと
いう思想があり、異説を立つるに於ては、科学者として|背徳《はいとく》もはなはだしき者とし
て、|爪弾《つまはじ》きされたのであるが、これは必ずしも学力の低劣がかかる事態を生ぜしめ
たばかりではなく、思想上かかる処置を生ぜしめたと考えられる。これは明治年代
になって、海外との交通開け、その国固有の科学発展なき国民は欧米の|燦然《さんぜん》たる文
化に目を|眩《くら》まして、一も二もなく欧米の文化を|模倣《もほう》する態度に出でたのであって、
その影響としては欧米を師として、日本科学者末輩の|先鞭《せんべん》をつけることを深く|慎《いまし》め
たともいえよう。我々学生時代において学界諸先輩の言動の中、かかる思想のしば
しば|発露《はつろ》したるを見聞するに於て、以上の原因に|胚胎《はいたい》するものとして想像を|恣《ほしいまま》にし
たものである。しかるに今日においては自然研究者として多くは独自の見解を持し
て、研究に|遭進《まいしん》する傾向にあるは|慶賀《けいが》する状勢といわざるを得ない。が、中年以上
の研究者中には自己の力を信じて遭進するというよりは欧米の研究に|依存《いぞん》して、そ
の道に従って研究を進める|輩《やから》のなきにしも|非《あら》ざる状態である。
 研究者はまさに欧米における研究に眼を配るべきは当然ではあるが、この道のみ
が唯一の進行方向であると考え、彼の|荊棘《けいきよく》を|踏《ふ》みたる楽なる跡を|追従《ついじゆう》するに於ては、
実に|嘆《なげ》かわしき次第である。彼の研究を参考にするはよし、追従するべからず、こ
れは一般に他研究者の行なえる業績に対する態度であろう。この意味を以てすれば
研究者はいたずらに文献を|渉猟《しようりよう》することは|避《さ》けなければならぬ。渉猟するあまりは
彼らの説に引き入れらるるおそれが充分窃るからである。むしろ研究を初めとして、
幾分にても自己の仕事が|進捗《しんちよく》せる上にて文献を参考とすべきである。別々に仕事を
始めて他人と同じ研究をすることはほとんどないといってよいであろう。人が異なる
場合に於ては装置、材料等の全然一致することはあり得ないことであるから。
 研究を|遂行《すいこう》しつつある時に研究者は全く偶然的に新しき現象に接触することがあ
るであろうが、これを|把握《はあく》し得る人はまた一種の才能を有しているのである。偶然
を全く当て物のごとく考えて|卑《いやし》めるは|採《と》らざるところである。偶然にもせよ推理の
結果にもせよ、科学の発達に寄与する現象を捕え得たのは、その道として全く慶賀
にたえないものであるからである。誠にかくして科学は進み|来《きた》ったのである。我々
は今日の伴戦の鱗蟹に先輩諸学者の功績を僻び、現在それに寄乎せんことを職い、
将来ますます発展に|与《あずか》る諸学者の努力精進を夢見るものである。科学は永久にして、
人生の短きを嘆じなくてはいけない。短かい人生の努力の集合が、科学をして永遠
たらしむるのである。
<!-- タイトル -->
外国語と自然研究
<!-- -->
 外国語の|習得《しゆうとく》は通例の日本人は中学初年級から始める。英語を|専《もつば》らとするが、高
等学校に入るに及んで、ドイツ語あるいはフランス語が追加される。|然《しか》るに自然研
究に携る人士は多くドイツ語を学ぶのである。|而《しこう》してかくして多くの書籍、多くの
研究論文を読み得ることになるのである。今ここに考えようとするものは実に習得
語の自然研究者に及ぼす影響の問題である。高等学校以来外国語を習得する時間は
生活中の相当時間に当ることは事実であり、少なくともこの間は言葉を通じて、外
国語の組立て方法、|思索《しさく》の仕方、あるいは文化の発展道程に|馴《な》らされることも事実
といわざるを得ない。即ち一外国語をたんねんに習得する場合においては、語学の
みならず思索方法についても、その国独特の傾向を受入れることは否定し得ないこ
とであろう。したがって一外国語に精通する研究者の思索、手法等はドイツ化しあ
るいはフランス化すると称しても差支えないのである。しかもある外国語に精通す
ればするほどその影響は|顕著《けんちよ》となるのである。言葉を習うことになんら危険もなく、
なんら不合理の点はなき様なれども、言葉を知るに及んでは思想、手法がその言葉
に同化される恐ろしさを知っている人はおそらく少ないのではないかと思われる。
 以上述べたるがごとく、日本教育の大部分はその範を英国、独国に採っていると
ころから、我々は知らず知らず、両国の影響を充分に受けて、自然研究に携るに於
ても両国の方法に学ぶ点が多く、また、かように進展させなければ納得し得ない学
者も多いのではないかと思われる。
 確かに両国、とくにドイツ流の研究に於て科学の|進捗《しんちよく》発展する部分のあることは
信じて疑わぬものであるが、かかる影響のみにて可なりやという問に対しては、直
ちに否と答えるのは筆者のみに止まらぬところであろう。その理由とするところは
あまりに|演繹《えんえき》的の研究であり、|独創飛躍《どくそうひやく》的の研究に遠いというのである。ドイツに
おける科学の発達はあまりに|空想《くうそう》的に|堕《だ》するを|憂《うれ》え、フンボルトの|唱《とな》うる実証的研
究をもっぱらとすべしという議論に基づき、研究発展の道を|辿《たど》りたるには相違ない
が、ウィルヘルム一世治世下において、隣国仏国科学の独創的発展の著しさを思い、
同名を冠する研究所を建設して、隣国に劣らざる発展を計画したものである。その
行為たるや誠に結構なる発足には違いないのであるが、その結果から見れば、むし
ろ競争をして科学の一番乗り|争《あらそ》いをするというよりは、隣国の及ばざるところを独
逸国が補い、隣国の企てなき点を独逸国が進捗せしめて|完壁《かんぺき》なる科学を地球上に打
ち建てたと思われるのである。したがって、日本国に将来せられた科学および自然
研究方法の大部分は完壁なる科学の一部分であると見る方が正しき判断であること
を思わしめるのである。即ち、日本の科学は範を一国に採るだけに、一方面の発展
せる片寄った存在であることを思わなくてはならぬ。
 筆者はドイツ流科学の悪口をいうつもりでこの文を草しているのではない。しか
し、世界的科学の建設に対して一国の|流儀《りゆうぎ》のみを導入して完壁なる自然科学の発達
は出来ぬと考えるが故に、かく切言するものである。また一国の文化の標準をも示
すべき科学発達を高める上に於ても、一方的の存在を以てしては、はなはだ満足し
得ない状況にあることを説かんとするものである。
 |而《しこう》してこの到達はもっばら外国語の|偏重《へんちよう》から出発しているという事を指摘するも
のである。日本における外国語の教養が上述のものである結果は、フランス科学と
接触すべき機会がはなはだしく縮小され、極めて特種の日本人のほかはラテン民族
文化の全く|等閑《なおざり》にされていることも事実である。即ち研究に志す人々の中、高等学
校として収容する極めてわずかの学生および、なおわずかな数のものとしてフラン
ス文化に|憧《あこが》れを以て渡仏して勉学をするものを除いては、全くラテン科学に接触す
るものは絶無である。ヨーロッパ各国において行なわれた自然研究は各専門雑誌を
通じて世界各国に報道されるから、何もその国土を踏む必要なしというにしても、
科学のみがその国を代表するものでもなければ、かかる科学を生じたる文化の母体
を観察することが必要である。また日本人の自然研究者が果してかかる雑誌を容易
に読み得てラテン科学のみにても接せんと心掛ける人があるであろうか。これは確
かに学校課程における|欠陥《けつかん》の|然《しか》らしむるところであり、フランス語の習得を行なわ
ぬ結果であるが、フランス語に接せざるが故にフランス語が読めないという事はむ
しろ|些細事《ささいじ》であって、フランス語に接しないことによってラテン的科学思索の欠乏
に陥ることの方が全く|寒心《かんしん》に|堪《た》えないことである。
 かく論じ来れば筆者はあたかも自然研究はすべてフランス|流《りゅう》を尊べというがごと
くに聞こえるかも知れぬが、かかる意図は全くない。ただフランス的に物を考える
ことなくして科学の前進が行なえるかを反問するにほかならない。これは一面から
見れば科学思想の論争である。国家思想に関するもののみが思想論争ではなく、む
しろ科学思想中にあって、正しき処置を必要とするのであって、放任することの不
可なる点を説くのである。
 筆者は習得する言葉の関係が思想に影響することを述べたが、その言葉には自ら
思索が伴うものであり、知らず知らずの間に思想が|培《つちか》われて、物事の考え方も自ら
導かれて行くのである。
 科学は世界唯一に合致するものであるとか、あるいは科学に国境無しなどとの所
論を屡々聴くが、出来上った|暁《あかつき》はおそらく何人も理解する点に於て|然《しか》りであろ
うが、実際に創造し、形成する場合においては全く異った見地にあることを知らな
くてはならない。フランス人の発見、発明の業績に富むに反し、ドイツ人の|演繹《えんえき》的
業績に|抜《ぬさ》んでることは|衆目《しゆうもく》の|許《ゆる》すところである。日本人の自然研究者の中にはこの
両者の思想の|奈辺《なへん》にあるかを知らずして、互に他を|誹諺《ひぼう》して|醜《みにく》き個人攻撃の生ずる
等も要するに、思想問題の致すところであろう。
 誠にあらかじめ定められた定理、仮説から出発してそのものの中にすべての現象
を|包含《ほうがん》せんと試みる論者に対して、なんらあらかじめ待ち設けたることなく、研究
の進むにつれて|随時《ずいじ》追加、拡張して研究を進めんとするものとの二種を見ることが
出来る。また研究方法についても、あらかじめ定められた器械を以てただ測定に従
事することを以て研究の|常道《じようどう》と心得るものがあるに反し、簡単なる器械を以てある
程度までは進み、必要に応じて複雑性を増して研究を進める態度との間には自ら確
然たる区別のあることは一度研究者間に立ち交って、その行動に注意するならば充
分見聞出来るものである。
 次にフランスにおける科学の発展過程を見るに、何故に発見、発明の多いのであ
ろうか。ラテン民族はチュートン民族に較べて|隔絶《かくぜつ》した特長を持っているのである。
それは第一に直覚的|推察力《すいさつりよく》を有するという問題である。この直覚的行動はおそらく
先天的に|具備《ぐび》したものに|相違《そうい》ないが、後天的にも|涵養《かんよう》されたものでもあろう。即ち、
一般社会が直覚的の行動を好み、かつ|賞揚《しようよう》する傾向にあることも事実であるからで
ある。この創作的の事物、即ち多少は不備の点はあっても、人々の意表に出でたも
のを以て充分の価値ありとして認める点は日本に於ては見られぬ事柄である。日本
の学界においては創作的のものを賞するよりはむしろ、不備なる点なく、確かにし
て労力のかかったものの方を採用する傾向にある。これはおそらく民族の共通|嗜好《しこう》
であるかも知れないが、科学文化の発達に対しては一階段であり、その嗜好も時の
流れとともに変化するごとくである。
 かつては上記の態度が一層著しかったものであるが、今日にては多少|変遷《へんせん》を見せ
た様に思われるところもある。また従来の傾向は本来日本人の性格ではなく、いわ
ばゲルマン民族からの借り物であったかも知れない。即ちゲルマン文化に接触して
いる中にその嗜好に移ったのであって、日本はその文化、その思想に|災《わざわい》されて、本
来の性格を失っておればこそ、時の流れとともに変化を来たしているのであろう。
 ラテン民族の作り上げた文化は直覚的文化といって差支えあるまい。その科学上
の業績においてもその傾向の著しく見えるのは、一度科学史を|繕《ひもと》くもののただちに
|肯《うなず》かれるところである。フランスに於ける科学発達も決して自国人のみにて築き上
げられたのではない。ルイ十四世治世においてはヨーロッパ各国より著名学者を
|巴里《パリ》に|誘引《ゆういん》して、研究を|旺盛《おうせい》ならしめたのである。オランダ人ハイゲンス、イタリ
ア人ラグランジュ等はいずれも|招聰《しようへい》された学者である。これは正に富の力によって
学問の発達が行なわれたと考えられよう。聞くならく、北米合衆国に於ても主とし
て|独逸《ドイツ》系ユダヤ人学者を|招聰《しようへい》する傾向にある。かくて学風の起こることは結構であ
るが、将来に対する|葛藤《かつとう》の|有無《うむ》は何人も断じ難い。
 このフランスの学派の栄えたのも結局、ルイ王朝を中心として興ったもので、国
力の進展せる時代の波に乗って科学も進展したのである。今日、日本の科学が一転
機となり、ここに|旺盛《おうせい》に|転換《てんかん》しようというのも全く、シナ事変の影響として日本国
が一大転機に属しておるのと同様に見られる。|而《しこう》して科学の研究の要素として、ゲ
ルマン文化も必要であると同時にラテン文化の要望も行なわれなくてはならぬ。一
個人にて両文化を体得することは困難であろうが、以上の二特色を別人を以て備え
しめることは充分可能のことである。日本文化は今日のところ、ヨーロッパにおけ
る二大潮流を合流せしめ、ここに美しき日本文化の咲き誇る園を実現したきもので
ある。
 今日、日本において要望する自然研究方法は正に直覚を充分働かせたものであっ
て、自然現象を見ればただちに月並手法を以て、|解析《かいせき》に努めるごときやり口は捨て、
現象の研究大道にいかなる役を演ずべきかを|熟慮《じゆくりよ》し、小を捨て大につき、研究の大
方針を定め、その命ぜられるがままに直覚的に研究題目の選定に当り、研究の大系
に即して各自の行動を盛ならしめなければならない。研究という美名の下に隠れて、
|些細《ささい》なんら大道に縁なき研究に|得々《とくとく》として従事する研究者輩の数はいかに大なりと
いえども決して、科学に|寄与《きよ》することの少なきは寒心に堪えざるものである。
 以上の論に対してある人はいうかも知れない。研究者の人数を多くすることが結
局よき研究の生ずる|所以《ゆえん》であると。しかし、筆者は決してそうとは思わない。思想
の正しき研究者を少数にてもよろしいから、かかる人士を集めて、かたよらざる|怠《おこた》
らざる態度にて研究を|進捗《しんちよく》せしめるならば、科学のいかなる部門といえども容易に
発展するものと信ずる。この思想の|涵養《かんよう》、これこそ|至難事《しなんじ》といわざるを得ない。
 思想の教養は、修得せる外国語と大関係あるはすでに述べた。これは語学の罪に
非ずして外国語に|馴《な》らされたる思索傾向によるものと思われる。筆者のいうところ
はラテン文化に即する思索の持主を今少しく養成して欲しいということである。
|滔々《とうとう》として世を挙げて研究の一つの型に|迎合《げいごう》するを研究となすことに不満を呈する
のであって、違った種類の研究方法を充分導入すべきであると信ずる。周期的に変
化する曲線を見れば、フーリエ分解をなすのみにて|事了《ことおわ》れりと考える人も必要であ
ろうが、他の考察から別途実相を|把握《はあく》する研究もあってよいのである。これは正に
思想の区別から生ずる。誠に自然研究に大切なものはこの思想の傾向である。
<!-- 四 -->
<!-- タイトル -->
特長ある人間
<!-- -->
 自然研究者は自然を研究する特別の人間、即ち一般人とは特種の才能をもった人
である。世の中が分業になってくると一人ですべての才能をもつよりも、一つでも
よいから、人々を越えて優れた才能をもっていることが望ましい。この点は充分判っ
ておりそうであるが、社会的に(学会の一範囲でも)認められ方が少ないのではな
いかと危ぶむ。
 たとえば中学校、高等学校等の教育において、数学がとくに秀でていても卒業す
ることは出来ない。修身、体操のごときものも同時に出来なければ|駄目《だめ》である。修
身、体操が出来ないというのも、実は一生懸命にやらないからであるともいう。ま
た少し頭のよい生徒ならば、やれば出来るのであるから、そんな学科を馬鹿にして
いる性質が悪いのだといえば一応の説明はつく。もっともそれも|理窟《りくつ》には相違ない
が、今少しく各個人の特長を認めて、その才能を充分伸ばすことに注意する気持が
充分必要であろう。大学に来ると、自分の好きな特種の学科に入学出来るのである
から、その心配は大してないが、各学科の中にもまた、小分けがあるのはもちろん
である。同じ物理学科の中でも実験の上手な人と数理解析の充分|堪能《たんのう》な人との区別
がある。この程度の学生になると彼らは自覚を以て好きな方に行くようになる。実
際好きであり、かつ得意な方面に行かないと才能が伸ばせないから自然にその一方
に行くのかも知れない。
 筆者の知人に理論物理学者がいるが、時々学生時代の思い出を聞く機会がある。
その時筆者は、この人間のオ能は自分とはまるで違っているという感じを第一に受
ける。どうしてあんな困難な数理解析に興味を持って、毎日やっておられるかと聞
くと、|俺《おれ》は学生時代から|面白《おもしろ》くてならなかったのだという。なるほど、その人は特
別の才能があって、高等学校まではなんら別の人間ではないと思っていたものが、
大学で数理的理論を学ぶと、とつぜん|魂《たましい》が入れられたかのごとく、興味が油然とし
て|湧《わ》いて、面白くて仕方がない境地に|浸《ひた》れたのだと思う。
 これを考えると何故もっと若い年齢からこの|随喜《ずいき》的境地に浸してやらなかったか
とも思う。これは日本の画一教育が相当の年までかからなければ出来ない|欠陥《けつかん》とも
考えられる。人々は各自に違った才能を持っているのである。しかし、その才能は
他人にはもちろん、自己といえどもその境地に|接触《せつしよく》して見なければ判らぬ場合が多
いようである。ただし子供の時に汽車が好きである者が、汽車の設計者になれると
いうものでもなければ、また冒険談の好きな子供が探検家になるというのでもない。
 また以上とは反対な場合もある。人々の才能を多く必要としない職業に携る場合
も大いにあるであろう。自分には何の特長がないと思って、ただ人の進んで行く方
に進んでいる中に大学を出てしまい、そのまま会社、銀行に勤めるという手合もあ
ろう。この方があるいは多数かも知れない。特長がないと思っているもの、必ずし
もないのではあるまい。その特長に接触する機会を失した者だともいえる。
 かよう考えて来ると各自の特長に接する機会を多く作ることが第一になすべきこ
ととも思える。而して好きなものがあれば、それに突進すべきである。ただし人生
は一本道であるから、やり直しは絶対に禁止されている。幸に突進する岐路が見つ
かればよろしいが、後戻りをしてほかの道に行くことは許されない。理学部、文学
部に入った多くの人は、自ら求めて突進する者と考えられる。自ら求めた道は苦し
くとも致し方がない。かような人といえども自然研究に対して才能の有無を疑う場
合もなきにしも非ずであるが、かかる人はおそらく極めて|些細《ささい》の原因に左右されて、
その道に入って来たものであって、むしろ才能の|履《は》き違いであったのであろう。
 自然研究に携る人々を見るに多くはその道に適した才能ある人である。また才能
なければ人々の意表に出ずるごとき仕事の出来ないのも当然である。しかし、その
才能も充分分業的であって、数理理論に特長を持つものもあれば、実験に|堪能《たんのう》なる
ものもある。いわば角なきものには牙あるの類である。而してこれらの特長は|漸《ようや》く
大学に来って、自己の興味から定まったものも多い。すでに述べたごとく、同じ物
理学の中においても、全く別人の感を抱かせる|変化《パリエテイ》があるのであって、かくて各自
の好きな方面に各自の腕を振えばよいのである。学の進歩を見るに、確かに以上の
変化が|如実《によじつ》に現われ来るごとくである。即ち各時代に各学科に学者はいるが、いず
れの学科も平等に進歩を|遂《と》げるということはない。特長ある人間の散布によって、
ある学科がよりよく発展する時代があると同時に、次の時代には|沈滞《ちんたい》を続けるとい
う状況を示す。これらはいずれも止むを得ざる状勢で、天才のその学科に現われた
ると現われないとの差である。
 ブッフォン Buffon の警句によれば、
<!-- ここから引用 -->
  天才は辛抱強いという一つの優れて大なる才能にほかならぬ。
Le g'enie n'est qu'une grande aptitude `a la patiance.
Buffon
<!-- ここまで引用 -->
というのであって、先天的なものではないという。|而《しこう》してもし先天的にありとす
れば努力を続けて行なう性質がそれであると解釈出来る。しかし、筆者は天才の才
能も先天的なものと考えたい。|珠《たま》は|磨《みが》かざれば光はなけれども、瓦は磨いても光を
現わすことはないのである。この意味を以て、たとえ天才ではなくとも特長ある人
士を要求し、またその特長を磨いてこそ、優越的な位置に立てるのである。
 |運動競技《スポート》を見ていると、いかにも特長ある人々が直ぐに区別出来る。確かにその
道において|優《すぐ》れた人がいるのである。理智的才能の有無を見分けることは困難であ
るが、スポーツとして走る、投げる、泳ぐ等は特長あればこそ勝つのである。スポー
ツに勝って何になるか、そんなツマラない勝敗はやめよと識者はいうかも知れぬ。
しかしスポーツにても優勝し得る人は特種の才能を持っている人で、一般人とは何
事か秀でた性質を持っているのである。科学に携る人々も、側から見ると自然の現
象が判っても|何等《なんら》益にもならぬ、何んで心を悩すかともいう。しかし、そこには人
間の本能として心の奥に|曝《ささや》くものを覚えるからである。これは人間の心の中にある
理性慾から来るという人もあろうが、その外に人間を後から押すものがある。これ
は優越感である、理性の慾望から見ると、確かに優越感の方が|卑《いやし》いとも考えられる
であろう。しかし、いかなる学者といえども優越感のなきものはないであろうし、
優越感なくして社会に生きていることも出来ないであろう。
 この優越感について筆者は、
<!-- ここから引用 -->
  軍人は敵と戦って常にこれを|撃滅《げきめつ》する|愉快《ゆかい》を思い、スポーツマンは練習を|怠《おこた》る事なく
  優勝の誇りを心に画く。自然研究者の自然を研究し、またその結果を発表するに当っ
  ては、他人の企て及ばぬ|境致《きようち》に到達し得たことを喜ぶ。これらはいずれも優越感に非
  ずして何ものであろうか。真理の追求に努力するところ、もちろん自然科学者の理想
  は存在するであろうが、優越性を感ずるところ、力も|湧《わ》き|誇《ほこ》りも生じて、研究の進捗
  する事実は何人も否定し得ぬものであろう。
<!-- ここまで引用 -->
といったことがあるが、確かに優越感に導かれて研究する科学者は多いのである。
誠に優越性を感ずる|嬉《うれ》しさは人生の一要素である。優越性を感ずるのは全く、特長
づけられた方面において他人と競争することである。筆者はランニングの選手にも
なれなければ、|角力《すもう》の横綱にもなれない。したがってこの方面で人々と争うことを
|為《な》さない|許《ばか》りである。また逆に|双葉山《ふたばやま》にも才能の欠けたところは充分あるのである。
 人々は各自の才能を認めて、それを活かすところに意義がある。この点を誤る場
合に於ては人生を誤るのである。しかもその才能を磨くことの必要はもちろん、ま
た優越的喜びを充分味わって|差支《さしつか》えないのである。|優勝劣敗《ゆうしようれつばい》は自然界の法則であ
る、勝って誇らず、敗けて悔まざる精神も必要であるが、勝って喜ばず、敗けて悔
しがらざる精神は採らざるところである。学に携る人々こそ誠に|喜怒哀楽《きどあいらく》の|難《かた》き|哉《かな》。
<!-- 五 -->
<!-- タイトル -->
眼底に映じて見えず
<!-- -->
 眼中の|網膜《もうまく》に映じたものは、物理的には見えることになっているが、注意するこ
となければ決して見えるものではない。即ち眼底に映じたものと、意表に上ったこ
ととは別である。自然研究においても、万人の眼に触れているものでも、それを存
在物として学界に報告するということは常に出来るものではない。事物を認めると
いう事は人々の意志の働きであって、これはその人々の思想によると称しても差支
えないものであろう。この思想は自然研究者にとって極めて大切なものであって、
これに従って事物が見えたり、見えなかったりする。古来偉き学者はいずれも、よ
き思想の特主であったのである。ポアンカレーも言っているごとく、学者の功績を
讃える場合に仕事の|多寡《たか》を論じるより先に思想の良否を云々しなければならない。
 |汗牛充棟《かんぎゆうじゆうとう》<!-- 底本では 汗牛 -->も|只《ただ》ならざる論文を書いても、不良思想の下に、|講《いぶか》しい現象のみを認め
て労作をしていたならば、何物も学の進歩に|寄与《きよ》するものとはならない。研究者は労
作する前に各自の思想の良否をまず反省すべきである。自然研究者が研究に|没頭《ぼつとう》す
ることは結構には違いないが、重い石を山の上まで転がすような労作は全く無用な
仕事である。即ち思想の|吟味《ざんみ》--これは自然観の吟味とも称せられるが、  --を充
分行なうように、自然研究者の態度が定めらるべきである。
 この思想は人々の心の中に先天的にあるいは後天的に|培《つちか》われて生じたものであ
り、自然現象は全く外界に行なわれるものである。見る人の眼は心の傾向、即ち思
想的背景に従うものであるだけに、一個人の考える自然は、その思想範囲に止まる
のはもちろんである。また一方に自然研究者は観測をなし、実験をなして自然現象
の実相を|把《とら》え、己れの思想と対照して、思想を|是正《ぜせい》するのである。即ち、自然現象
の中に事実としてあたかも外界に在する現象の設立が行なわれる。この事実の設立
の前には思想は訂正されなければならぬ。事実は|断乎《だんこ》として|躁廟《じゆうりん》することは出来な
いのである。ただし事実を考えるものは人間思想の力である。パスカルは言う。
<!-- ここから引用 -->
  人間は一本の|葦《あし》に過ぎない。自然の中でもっとも弱いものである。だがそれは考える
  葦である。彼を|圧《お》し|潰《つぶ》すには全宇宙が武装するを要しない。一吹の蒸気、一滴の水で
  も、彼を殺すに充分である。しかし宇宙が彼を圧し潰しても、人間は彼を殺すものよ
  りもなお高貴であろう。何故かといえば、彼は自己の死ぬことと、宇宙が彼を超えて
  いることとを知っているが、宇宙はそれについて何も知らないからである。
<!-- -->
L'homme n'est qu'un roseau, le plus faible de la nature, mais c'est un roseau
pensant. Il ne faut pas que 'l'univers entier s'arme pour l''ecraser. Une
vapeur, une grotte
d'eau, suffit pour le tuer. Mais quand l'univers l''ecraserait l'homme serait
encore plus
nobble que ce qui tue, parce qu'il sait qu;il meurt, et l'avantage que
l'univers a sur
lui. L'univers n'en sait rien.
Pascal.
<!-- ここまで引用 -->

誠に人間は事実を自然現象の中に知ると同時に思想的に事実を|統轄《とうかつ》して、系統を
立てる偉さがあるのである。この偉さを知らないで、自然研究に従事している人が
あるのは実に悲しむべきことである。
 科学者の中にも研究の根底をなす思想|云々《うんぬん》のことは何もいわないで、その行動が
極めて理に|叶《かな》った人がいる。これは結構なことであって、たとえ科学の構成に関す
る知識を知ったといえども、その行動は決して自然研究の大本と一致するものでは
ない。たとえば画家が画論を充分知ったとしても、その描く画との価値とは別であ
る。画論を一切知ることなくても、画法は自ら体得してその描くものはすばらしき
絵をなすことがある。否、むしろ多くの画家は後者の画論を知らざる者に属するの
であって、かえっていたずらに画論を説く者に画の|堪能《たんのう》なる人はないようである。
 科学者においても充分この傾向のあることに気がつく。|黙々《もくもく》として実験室に閉じ
|籠《こも》つて勉強する学者は科学の何たるかに疑問を持つものもなければ、好んで筆を
|執《と》って科学論も書かないのである。筆を|執《と》る|暇《ひま》に勉強をするからである。科学本質
論は正にせざる方が賢いともいえるであろうが、これも人々の性質、傾向のいかん
によるものであり、科学の構成、自然研究の本義に対して考えずにはおれない人に
は致し方がないのである。
 自然研究の発達道程を見るに、少なくとも日本においては、年の経過とともに一
般科学者の心境は変って来たように思われる。明治、大正時代においてはいわゆる
欧米依存主義であって、欧米人のいうことには心服し、その打ち立てた仮説、原理
等に対しては、一も二もなく賛意を表し、彼のいうことを|金科玉条《きんかざよくじよう》として研究を進
めたものである。
 |然《しか》るに今日においては、彼の主張を参考にする事はもちろんであるが、独自の見
解を持して、これに生きようとする努力が充分見出し得るのである。独自の見解は
正に各自の自然観から出発するものである。即ち、一層よく独自の見解を|徹底《てつてい》せし
めるには、思想の|鍛錬《たんれん》を充分に積まなくてはならないことになる。この思想の鍛錬
はいかにして成果を得るかの問題は、上述のごとく、あるいは生れながらに体得し
ている人もあろうし、四囲の条件によって、労せずして直き思想に合致するものも
あろう。しかしながら、
一般的に見て自然科学者の自然観涵養は十分力を尽すべきものと思われる。涵養方法としては専ら科学史
の &#x8b52;読によるのを最も適当と思われる。
古来の科学者がいかなることを考え、いかにして新事実の発見に到達したか、また
いかなる思想を持って研究に従事したかという事績を|顧《かえりみ》ることが必要である。当時
は多く|荒唐的《こうとうてき》な思想として周囲から|嘲《あざ》けられたものも数十年後には、もはや|覆《くつがえ》すべ
からざる定理として、ますます|光輝《こうき》を増すもののある事実を知るであろう。またあ
る時には当時学界の人々の充分の理解を得て、たちどころに受け入れられ、名誉あ
る|賞讃《しようさん》を浴びるのもある。いずれにもせよ、結局、科学を構成するものとして欠く
べからざるものになるには相違ない。
 |而《しこう》して現今各研究者が|汲々《きゆうきゆう》として|行《おこ》なう研究も上記二つの中、いずれの種類に
属するか、|図《はか》り知り難いが、個人的には学界の直ちに認め得ない研究と考える方が
かえって適当であるであろう。即ち、我々の科学上の仕事は今日なんら認められる
必要はないのである。科学を構成する一分子として何時か発展に役立つならば、そ
れで満足であり、またそれを以て|冥《めい》すべしである。
 ただし我々のもっとも|遺憾《いかん》とするところは、|折角《せつかく》の仕事も科学の発展に充分寄与
するや否やの問題である。科学の進展に多く|寄与《きよ》しない労作をあえてしても、これ
こそ全く徒労に終るのである。即ち科学に寄与するところ大なるや否やを認定する
ことは、人々の思想的解釈の|然《しか》らしむるところである。この見分けをなすべき思想
が豊でなければ、科学者としての一生も重大事を研究せずして全く|無為《むい》に終ること
ともなるのである。
 思想のいかんは、あたかも我々をして眼底に映じた事物を注意せしめるや否やの
問題であって、科学に|寄与《きよ》する重大さを先ず判定せしめ、それより行動に|移《うつ》さしめ
る。禅語に次の句がある。(碧巌録第四十則の頒で、これは碧巌録百則中の絶唱とい
われている。)<!-- ()内は、底本にはない -->
<!-- ここから引用 -->
聞見覚知非一一
山河不在鏡中観
霜天月落夜将半
誰共澄潭照影寒
<!-- 以下の読み下しは、底本にはない -->
聞見覚知は一一に非らず
|山河《せんが》は|鏡中《きようちゆう》の|観《かん》には|在《あ》らず
|霜天月落《そうてんつきお》ち、|夜《よ》まさに|半《なか》ばならんとす
|誰《だれ》と|共《とも》にする|澄潭《しようたん》、|影《かげ》を|照《てら》して|寒《さむ》きを
<!-- ここまで引用 -->
 誠に我々の見たり聞いたりするものは、多種多様の如くであるが、一人の人間が
が見る時においては、一個一個の事柄でなく、人間の一思想を以て見て居るのであ
る。鏡の中には山も河もすべては写し得るが、見えて居るのではない。仰いで見れ
ば霜夜の月が傾いて夜半となつた、暗い湖畔に立つて、黒影の寒く映るを誰と共に
徘徊して己が心境を語らうか。
<!--
 仰いで見れば霜夜の月が傾いて夜半となった。澄みきった|潭水《たんすい》は、周囲の樹木の
影を写して塞々とした|静寂《せいじやく》を|湛《たた》えている。この静寂の境地を|誰《だれ》と共に味わえるとい
うのか(箇中の|消息《しようそく》を談ずるに足る|士《し》、果たしてありやなしや)。
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