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四つの袖 (part4)


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「あなた、どうしたの。」「湯殿へ隠れたのだけれど、おふくろにさがされるとゝ思つて、風呂の水の少し張り掛けてある処へ。」 「足がまア鉄(かな)つ凍(こほり)になツて。」

ト磯上さんの足のさきを握つたお貞さん、

「そんなにおつかさんがこはいの。」

ト見上げれば、そつと見下ろし、

「こはくはないが、可哀想なのだ、随分苦労をさして居るから。」

トと聞くと其のまゝ、お貞さん、磯上さんを膝の処へ引据ゑて、氷のやうな両足を我が肌に押当て、濡れた上からしがみついて、

「無理をいつて済みませんでした、わたしが悪うございました。」

着物のしめりもろともに涙もとほる膝の上、磯上さんの落す雫(しづく)は髭の上へ。

「こんなおもひをしてゞもけふあたり逢へると思つたら、子供を呼んで置いて貰つたものを。」「わたしもあなたに見て貰ひたい。」

それもこれもかなはぬ願ひ、あきらめるより外ないをせめてのあきらめと、磯上さんの着物や足袋の乾く間を、浮かぬながらも酒にして、

「あなたのはひつて来る時、わたしの演(や)つて居たものを聞いて。」

ト顔をしみぐと見れば頷く。

「最々(いとど)朽ちなん四(よ)つの袖なら、まだ張合がありますけれどもねえ。」

ト涙の無理笑ひ、

「もうこそ其の着物も要らなくなるのでせう、男物なんぞ早くほどいて了ひませう。」

酔ひもせぬ酒に疲れて、見かはす顔に夕暮の片光明(かたあかり)、叔母さんはいつかどこぞへ出ていつたれど、人目揮る別れもなく、切れぬ、切れまい、子まで生(な)した深い縁のふたりが仲、折さへあツたら逢はう逢ひませうといざとなツてのお貞さんはやつぱり未練、妾側室(めかけてかけ)もいとはねど、稼げるだ けは出て居て情人(いろ)で逢ひ通さうの心の誓ひ、漸く笑顔(ゑがほ)の別れぎは、

「足袋は新規にお買ひなさいな。」「新しいのを穿いて帰るのは変だ。」「又おつかさんですか、.」

ト外套を着せながら、

「何んだか本意(ほい)ないね、あなた。」「着物はほどいて了ふなよ。」「そんな殺生(せつしやう)な。」

はかない事に慰め合ひて内と外、これが当分のわかれとは覚悟したれど、さて三日(か)五日(か)と たつ に連れての心の淋しさ、お貞さん酒浸しになツて、それからは兎角陰気臭く、秋頃のやけ元気さ へうせ果てゝ、座敷もふだんもぼんやりとして居るにぞ、叔母さんなりわたしなりいろ/\に異見すれど、その後二度とか磯上さんから便りがあツたぎり、それ も世帯をもつた処はどこやら書かず、返事のしやうも無きかただより、実とも不実ともはたから理窟を附けて慰めるたねなけれ ば、お貞さんはいよ/\ふさぎ、其の二十四の年末(くれ)も五の折角の初春もつまらなく過ごして、内 輪の苦しさは一日増し、さしも売れ盛(さか)つたる笹家のお貞、七日(か)に二日(か)はお茶の夜も出来て来る。

かうなるとまたやけにて、お貞さん深酒のかんしやく、ともすれば叔母さんに当り散らすに、 これもしまひにはホツとしてか、実家(さと)の親類の世話にて縁付くと言出す、五十づらをさげてのご 婚礼、イヤお若い事、とせゝらわらつたお貞さん、他人(ひと)は勿論我が身さへどうともなれと輪を掛 けた捨鉢、二月の下旬(すゑ)頃からは、三日(か)に揚(あ)げぬ宇都宮通ひ、

「慾も得(とく)も知らなくツて、子供ほど可愛い者は無い。」

ト帰つて来ては叔母さんへ聞けがしのひとりごと、それが三月上旬(はじめ)の或日、いきなりに、わた しは宇都宮へいつて稼ぎます、叔母さんは心置きなくお嫁にいつて下さい、といふ。

驚いて叔母さんが仔細を聞けば、お花の顔が見たい、東京といふ土地がいやになツた、親類縁 者といつてはたゞのひとりも無くなツて了つたわたしは、先祖代々の江戸も恋しくない、どこで 暮らさうと親子ふたり、のたれ死(じに)してもくやしくない、先祖のお墓はお寺へ頼んで置く、と叔母 さんももうかずに入れぬサバ/\としたやけのやん八、聞付けてわたしもとめ、松廼家の姐(ねえ)さん も異見してみたれどとまらず、諸道具残らず売払って不義理を片付け、自分の着物のいたんだの と、磯上さんのために拵へて置いた男物とを叔母さんにやり、およそ五六百のお金を握つて旅(たび)行きとは男ゆゑの苦労のはての気の毒さ、出立(しゆつたつ)の前の晩叔母さんとわたしと三人笑つては泣き笑つては泣き。

其の中でのお貞さんのはなし、わたしだとてきちがひではなし、藪から棒にかうおもひついた 訳で無く、一つ東京のうちに磯上さんが夫婦仲よく暮らして居ると思ふがいや、第一には座敷も 無く、此のまゝいきぐされになるのを承知でおめ/\と此処に居るがいやさの旅かせぎ、電話を 売つたお金の存外残つたを身につけて、里親の世話で話のまとまツた宇都宮の杉本といふうちか ら、本名(ほんみやう)のお秀で出るに極めたわたしの心、身寄便(みよりたより)も無い此の体(からだ)、

「叔母さん、我まゝばかりいつて済みませんでしたが、みんなお酒がいはしたのだと思つて堪忍して下さい、姐さんにも子供の時から随分ご厄介になりましたねエ。」

あきだなのやうなうちに、損料蒲団にくるまツて夜を明かし、上野の汽車の窓ぎはの泣別れ、 この後のお貞さんの身の上は、たゞひとづてに聞いたばかり、笹家のうちを引払つた叔母さんお友さんの其の後は、由縁(ゆかり)なければつひぞ聞かず。

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