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妹尾アキ夫「恋人を食う」


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      一

 あすの朝は、|上海《シヤンハイ》へ着くというのに、その日は何も見えなかった。どちらを向いても黄色い海の波ばかりであった。夕方になって、向こうから来る三本煙突の船とすれちがった。|白井《しらい》は夕食をすまして|諏訪《すわ》丸の|食堂《サルーン》を出ると、白く洗った綺麗な|甲板《かんぱん》の上を、こつこつと軽い靴音を立てながら、なんどとなく歩き廻った。しばらくすると立ち止まって、|手摺《てすり》に両手をあてて下を|覗《のぞ》きながら、無数の白い花のような|泡沫《ほうまつ》が流れるのを眺めていた。|社交室《ソシアルホール》から、あまり上手でないピアノの音が、時々かすかに響いてきた。
「何を見ているんです?」
 びっくりして白井が振り向いてみると、いつも同じ食卓に並んで坐る、そして白井にとっては、すべての船客の中で一番親しいところの、|香港《ホンコン》まで行く青年が、ポケットに両手を突っ込んだまま、にやにや笑っているのである。
「船のそばを流れる波を見てるんですよ。波ばかり見ていたら、なんだか気分が悪くなってきた」
 こういって白井は本当に不快らしく|眉《まゆ》をひそめた。
 青年はにやにや笑いながら、薄い上唇《うわくちびる》をぺろりとなめて、「変なものばかり腹につめこんだからでしょう。君は昨夜は、|炙腎臓《デヴルドキドネー》、今夜は、|煮牛尾《スチユードオクステイル》と|麺粉脳《ブレインオグラタン》を食べていましたね」
「よくひとの食べるものまで観察していたものですね」と、白井も微笑しながら、「君がそんなに|睨《にら》んでるんなら、今度からはせいぜい警戒することにしましょうか」
 だが、こう気軽に受けながしたものの、白井はなんだか図星をさされたようで、内心いささかきまりが悪かった。実際人一倍好奇心の強い彼は、食事ごとに新しくタイプライターで打って持って来る|献立《こんだて》の中から、自分の特別の趣味を満足させるような、変わったもののみを選んで、給仕に注文していたのである。
「いや、そんな御心配は御無用ですよ」青年は巻|煙草《タバコ》に火をつけて、「いかもの食いの趣味だったら、あるいは私の方が先輩かも知れませんよ。君は上海で下りるんでしたね。上海でお下りになるんでしたら、面白いところを紹介してあげましょうか。名刺をあげますから、|四馬路《スマロ》の裏の金龍酒家という看板のかかった、ちょっと料理屋のような汚い|阿片窟《あへんくつ》に行ってごらんなさい。純粋の阿片窟ではないのです。まあ、ちょっと、いかもの食い連中の集まった|倶楽部《クラブ》のようなところですね。普通の人は入れないのですが、私の名刺があれば、わけなく入れるのです」
「それはぜひお願いしたいものですね。で、なんですか、どんな人が集まっているのです、そこには?」
「あははは、それは行ってみるまでのお楽しみとして、なにも説明しないでおきましょう。それより今日は、私がいままで食べたものの中で、一番珍しい、一番すごいものの話をして聞かせてあげましょうか」
「何です?」
「恋人の肉を食べたことがあるんですよ」
「そりゃあ、面白い! ぜひ聞かしてください」
「秘密ですから誰にもいわないでくださいよ」
「よろしい」
 青年は白井をともなって、近くの|籐椅子《とういす》に並んで腰かけると、口にくわえていた巻煙草をちょっと取って、ぺろりと上唇をなめて、つぎのように話しはじめた。
 
     二
 
 いまでは|香港《ホンコン》に自分で店を持っていますが、この事件の起こったころ、即ち、一昨年の春頃は、私はまだ上海の、ある外人の店に勤めていました。上海はいいですね。肉類や卵類が馬鹿に安くって、キャベツやカリフラワーの新鮮なのが|掻《か》き|棄《す》てるほどあって、魚が食えないのにはちょっと困りますけど、その代わり|鰻《うなぎ》と|海老《えび》が豊富で、それに、私は、何よりもあの雑然とした、インターナショナルなところが大好きです。香港は駄目です。上海のようにのんびりとしていない。
 すべての犯罪や道徳や思想を黙って抱いているあの大きいところがない。
 私の下宿は|北四川路《きたしせんろ》を左に折れて、停車場の方へ行く途中の、人通りすくない、静かな小さい街に沿うた赤い嫩扉造りの二階屋でした。そこを私が選んだのは、別に誰からも紹介されたわけではありません。ほんの偶然だったのです、ただ歩いていたら、
 
Rooms to Let 
well furnished 
with board
 
 と書いた|貼札《はりふだ》が眼についたので、そこの二階の一部屋をかりたのにすぎないのです。
 白いカウンタペンをかけた寝台、小さい|卓子《テーブル》と椅子、|洋箪笥《ようだんす》、それから一つの窓――これだけが、私の部屋にあるものの総てでした。その窓からは、アカシヤの|稍《こずえ》をすかして、裏の支那人の家の、夕日を受けた黄色い壁が見えました。|葡萄牙人《ポーチユーギーズ》の主人は三年前に死んで、あとには支那人の細君と子供たちが残っているのですけれど、二人の息子は独立してどこに行っているか、私は一度も顔を見たことがありません。家にいるのは支那人の細君と、娘のマルタの二人だけでした。二人で四人の下宿人の世話をみていたのです。
 ところがこのマルタというのが大変な美人だったのです。人間の顔の美しさというものは、とても口や筆で現わせるものでもなければ、絵や写真にうつし得るものでもありませんね。ただ本当の顔を見るより他ないです。マルタは母親に似た黒い前髪を、よく支那の若い女がやるように額のところで切って垂らして、いつも黒い支那服を着ていました。外側にそりまがって生えた長いまつ毛と、その上の眉毛の形とにラテン民族の面影をのこして、顔全体の|輪廓《りんかく》がどこかナリーヴ・シュライネルの写真に似ていましたが、生々とした大きい二つの黒い眼は、いままでこの世に生きたことのある誰の眼にも似ていない、ちょっと想像のできないような美しい眼でした。よく|欧亜混血児《ユーレシヤン》にはすれからしの意地の悪いのや、徹底的に不良なのが多いものですが、マルタは、どちらかといえば内気なほど静かなつつしみぶかい女でした。
 そして私はだんだんマルタを愛するようになりました。いや、実をいうと、はじめて部屋を見に入った時から、私は完全に彼女のとりことなって、そのために身分不相応な贅沢な下宿生活をはじめたわけなのです。
 だが、四人の下宿人の中の、ただ一人の日本人たる私の彼女における人望は、あまり|芳《かんば》しくはありませんでした。
 それは、彼女が自分の体の中に、東洋人の血を持ちながら、それでいて東洋人を|軽蔑《けいべつ》する癖を持っていたのでしょうか、それとも私が彼女に対して抱いていた一種の関心――つまり私が彼女にファンシーを持っていることが、いつとはなしに彼女にわかって、それを彼女が不快に思うに至ったのでしょうか。
 あるいはまた、ある種の動物にあるような神秘な本能が人間にもあって、彼女が数ヵ月後にふりかかってくるべき不思議な運命を|暖昧模糊《あいまいもこ》のうちに感じて、それがために私に茫然とした恐怖の念を抱いたのでしょうか。原因は今でも私には、はっきりと|会得《えとく》できないのです。が、とにかく彼女が私に厚意を持っていないことだけは、よくわかっていました。
 けれども、そのことが、私が彼女を愛する邪魔には決してならなかったのです。それどころか、彼女の冷淡な言葉や、つれない態度は、奇妙な刺激を私の心にあたえ、次第に私を取りかえしのつかぬ深みへ引きずっていきました。私は、自分が彼女を愛していることは、誰にも知られたくないと思いました。家の人々はもとより、彼女に対してでさえ、私は自分が彼女を愛していることを知らせないようにしました。それは、相手が厚意を持っていないのに、こちらからだけ厚意を示すには、あまりに私の自負心が強かったともいえればまた、自信がないのにそんな態度をとるには、あまりに私という人間が、臆病にできていたともいえるのです。そして出どころのない私の愛は、だんだん内攻してきて、奇妙な色に|醗酵《はつこう》して、ほとんど毎夜のように、奇怪な夢を胸に描くに至りました。
 ところが意外にも、真に意外にも、私が毎夜のごとく胸に描いては消し、描いては消していた奇怪な夢が、案外早く実現される時がきたのです。とても表現される時はあるまいと思っていた私の夢想が、やすやすと、そのまま行なわれる時がきたのです。
 ある夕方、私はいつもの|如《ごと》く五時に|大馬路《だまろ》の店をしまい、北四川路の古本屋のある四つ角まで電車で帰って、そこから静かな横道を歩いて下宿に帰りました。そしていつも|苔《こけ》が生えたように湿っている石段を上って|扉《ドア》をあけて、せまいホールを階段の方へ歩きかけると、ちょうどその時、右側にある台所の扉があいて、ジャグをさげたマルタの母が出てきました。元来がマルタの母は、いつもにこにこした愛嬌のいい支那人で、こんな場合には、ことに機嫌のいい陽気な声で|挨拶《あいさつ》するのですけれど、この時ぼかりは、私の姿を見ると力なく立ち止まったまま、泣きはらしたような大きい眼で私の顔ばかり眺めているのです。
「どうしたの?」
 私の方からききました。
「マルタが死んだよ」
 低い、興奮した、力のこもった声で、こう彼女が答えました。
 ほんの昨日の朝、母親ときゃっきゃっ談笑しながら、食堂へお皿をはこんだ彼女を見ている私は、すぐには母親の言葉を信ずることができませんでした。病気でなかったのに、どうしてこう急に死んだのでしょう。私は眼を見はって母親の青い顔を眺めながら、
「いつ死んだの?」
 と|訊《き》きかえしました。
 するとマルタの母は、台所の入口に立ちふさがったまま、私にとってはいつもかなり難解であるところの、下手な英語で話すのです。
「マルタは昨日の午後、急用ができたので、一人で|龍華《ロンホウ》へ行った。ランチに乗って行った……そのまま晩になっても帰ってこない。わたしは心配で昨夜はちっとも寝られなかった。……そして警察へとどけに行った……すると今朝警察から、わたしを呼びに来た。行ってみると、マルタの死体を私に返してくれたのだよ……」
「どうして死んだの?」
「落ちたのだ! 昨夜帰りに、なにかのあやまちでランチから振り落とされたらしいのだよ……その時は夜で暗かった……そして誰も見ていなかった……今朝はじめて|黄浦江《ワンフウキョウ》のしものほうを流れているのを、一人の船乗りが見つけたそうだ……可哀そうに……一人でなんか出さなかったらよかったのだが」
 わたしは|主婦《おかみ》の後ろにしたがって、マルタの死体を安置した部屋へ行ってみました。
 それは台所の隣りの、はじめ女中部屋として建てられたらしいごく小さい部屋で、ホールから入るようになった一つの扉と、庭に面した一つの窓があるだけでした。
 部屋には香の匂いが一杯に立ちこもって、壁際の粗末な卓子の上に、黒くて細長い支那風の寝棺が置いてあります。私はそれまで何度も店にならべてある支那の棺を見ましたが、この時ほどその形、その光沢のない黒い色、軟らかい手触りを好きだと思ったことはありません。それはちょっと日本の|箸箱《はしばこ》の形を連想させる、五尺ほどの長さの棺で、ごくかすかな傾斜をつくって、頭の方が少し高くなっていました。私はその|蓋《ふた》を軽くなでてみました。釘づけにしてあるので開けて見ることはできません。私はその寝棺の前に立ってしばらく|黙祷《もくとう》して部屋を出ました。
 やがて夕食の時刻になりました。
 食堂へ出たのは私が一人でした。
 そこで食事しながら、私はマルタの母にこう言いました。
「おばさん、|恐死症《ネクロフオピア》というものを知っているかね?」
「恐死症?」
「恐死症というのは、死人のそばに近づいたり、人が死ぬ話をきいたりするのがこわくてたまらない病気だよ。まあ、一種の精神病だね。そして私がその恐死症なんだよ」
 マルタの母は蒼白い顔に電燈の光を浴びたまま、いぶかしげに私の眼をまじまじ見ていましたが何もいいません。しばらくして私が言葉をつづけました。
「だから明日は店を休んで、朝早く下宿をかわろうと思うのだが、悪く思わないでおくれ。葬式はいつ出すんだね?」
「あすだよ。あすの午前中、あのまま墓地へもって行って埋めるのだよ」
 私は食事がすむと外出して、大急ぎでいろんな用事をして、|夜更《よふ》けて下宿へ帰ると、ろくろく寝ないで引っ越しの準備をしました。
 そして翌朝になると、私はマルタの母が眼をまるくして驚いたほど沢山のお金を、彼女の手に握らせて、逃げるように自動車に荷物をつんで、大急ぎで下宿を出ました。
 私が引っ越した先は、迷路の奥の奥の、そのまた奥といったような、誰が探しても見つかりっこのない、日本人や外人の一人もいない。汚ない支那の長屋の一軒でした。二階が一間に下が二間で、一人の生活にはむしろ広すぎるぐらいですが、私はその静かさ気楽さを嬉しく思いました。隣りの支那人の家との問には、厚い壁があるので、すこしも隣りの話声が邪魔になりませんでした。
 私はそこで何ものにも邪魔されないで、ゆっくり荷物を解きました。毛布や服や書物を仕舞うべき場所に仕舞うと、最後に大きいトランクを開けました。
 そのトランクに何が入っていたと思います? 驚いてはいけませんよ。塩漬けにした|愛《いと》しいマルタの死体です。
 断わるまでもなく、私はマルタの死体を盗んで来たのです。私は前夜、マルタの入っている棺と同じ棺を、同じ店から買って来て、うまく自分の部屋へ運びこんだのです。そしてその中に重い詰物をして、夜半にマルタの棺とすりかえて、それを部屋へ持って帰って、朝になるのを待って、釘を抜いて蓋をあけて、マルタの死体を取りだしたのです。空き棺は形をこわして毛布にくるんで、荷物といっしょに持ちだしました。
 さて、だんだん話が薄気味悪くなってきますが、私は話の順序として、ここでちょっと自分の知っている範囲内で、人肉を食べた人たちの実話を、お話しておかなければなりません。
 日本で一番有名なのは、恐らく明治の歌人某が、その妻の父のある病気を治すために、幼な子の臀肉を斬りとって食わしたという事件でしょう。それから明治三十八年十月には、新潟県北魚沼郡の山奥の、炭焼き小屋の近くから、沢山の人骨が発見され、それが|端緒《たんしよ》となってついにそこの炭焼きが、人肉食いの常習者であることがわかった事件があります。それから明治四十二年には、大分県直入郡の|竹藪《たけやぶ》の中から、両足の肉だけ斬りとった少女の死体が発見されたことがあります。少女の身元はすぐにわかりましたが、犯人及び犯行の目的はわかりませんでした。しかし私が当時の新聞やその他の書類を集めて調ぺたところによれば、これは確かに、ある種の迷信から、その肉を切りとって食用にしたものに違いないのです。それからこれは私が直接当人の口から聞いた話ですが、今深川小舟町で料理店を開いている七十歳ばかりの老人は、昔台湾で|土匪《どひ》の首を斬る役をしていた時に、みんなと一緒に酒をのみながら、土匪の人肉をすきやきにして食ったそうです。
 しかしなんといってもこの道の本家は白人でしょう。シベリアのトムスクのある料理屋では、始終人肉のカツレツをお客に出していたが、誰もそれに気付くものがなかった。ある日、その料理屋の物置きの中から沢山の骨が出たので、やっと事実が明らかになったというのは、ごく最近の事実談です。ドイツのある店から大変|美味《うま》いハムが出るので評判になっていましたが、ある日そのハムの一つに人間の毛が生えていたので、それが手掛りとなって犯罪が暴露したという話もあります。同じくドイツのカール・デンケという男は、一九二四年十二月、殺人未遂で逮捕されて、未決監でハンケチで首をくくって自殺しましたが、その後で彼の家を捜索してみたら、部屋の隅から肉片の塩漬けを入れた|壷《つぼ》が二つ発見され、その肉片をよく調べてみると、男の胸毛が生えていたので一同|吃驚《びつくり》したということです。アイヌ人の祖先が食人種であったことは、アイヌ学者バチェラー氏が述べている通りです。いや、アイヌ人ばかりでなく、ある学者は、すべての人類の原始時代に、食人の時期があったといっているくらいです。
 私がこれらの歴史上の事実をお話する目的は、私の犯罪は、外観においてはこれらの事件に似ているようでも、その性質において全く違うということを会得してもらいたいからなのです。というのは、これらの犯罪は、みな単なる惨忍な動機から行なわれたのですが、私のは愛する女の|遺骸《いがい》に対する執着から行なわれたのです。出ることを|拒《こば》まれた私の愛は、無理にでも行くところまで行き着かねばならなかったのです。ですからこの点で私の行ないは、むしろ血の|滴《したた》るヨカナンの首を銀盆に盛って|啜《すす》ったサロメのそれに近かったのです。また私のような種類の|屍体愛好者《ネクロフイリスト》は、クラフト・エービングが分類した意味のフィーティシストだとはいえないでしょうか。
 それはそうとして、とにかく私は、生きている時には滅多に近づくことのできなかった女――手のとどかぬ高いところに咲いた花のような気がした女を、こうして自分の所有としたのです。これからは握りたい時にその手を握り、手を触れたい時にその顔に手を触れることができるのです。
 私はその夜、灯のともった明るい街へ出て、花屋から美しい花を沢山買って、雪のように白いトランクの塩に埋もれた恋人の上にふりまきました。そして今まで滅多に近くから眺めたことのない、|翡翠《ひすい》の耳環をつけた彼女の顔を、両手の掌ですくいあげるようにして、いつまでも、いつまでも、見入りました。私は涙ぐんだ眼でその顔をしげしげ眺めながら、こう心に|呟《つぶや》きました。
「可愛いマルタよ! とうとう私はお前を自分のものにした。お前は私の所有物になった。もういくらお前が私のそばから逃げようとしたって、逃げることはできないよ。お前の黒い髪や大きい眼は、永久に私のものだ。私は見たいと思うときにお前の顔を見ることができる。何が邪魔をしたって、私はお前のそばを離れはしない。そしてお前の体は、私と一緒に|朽《く》ちるのだ。……可愛いマルタよ! 私を恨まないでおくれ。私のしたことを許しておくれ。お前が生きている時に私を嫌ったのは、この世の|薄膜《はくまく》が二人の間にかかっていたのだと思っておくれ。お前が本当にこの世で探さなければならなかったのは、この私だと思っておくれ。お前の魂を、私の温い魂で抱かしておくれ……美しいマルタよ! それでもまだお前が私を恨んでいるような気がして仕方がない。私がしたことは本当に悪いのだろうか。神様は私がお前を愛するようにしてくださった。だから――だから少なくともその神様だけは、私に同情してくださるにちがいない……可愛いマルタよ! 答えておくれ……もし私を許してくれるなら、|微笑《ほほえ》んでおくれ……」
 私の恋人は電燈の光に照されたまま、静かに|瞑目《めいもく》して|神々《こうごう》しいほどの安息の色を、その顔に浮かべていました。私は長い間、その顔を、みじろぎもせず見まもっていました。すると、なんと不思議なことには、眼を閉じたマルタの口元に、かすかな微笑が浮かんだのです。いえ、神経ではない、私はたしかにそれをこの眼で見ました。私はこの世の奇跡を信じます。どんなに私は悦び、どんなに救われた気持になったでしょう!
 こうして私は一ヵ月の間、恋人と一緒に暮しました。その間にハムの製法をかいた本を研究して、自分で|好《よ》い匂いのする、|美味《おい》しい恋人のハムと|燻製《くんせい》の舌をつくりました。そしてかつては|刺繍《ししゆう》のある黒い絹の靴をはいていた小さい足や、いつも耳環をかけていた可愛らしい耳や、私にお茶をついでくれる時に、美しい恐ろしいある不思議な十匹の虫のように動いた十本の指なぞを、出し惜しみながら少しずつ|舌鼓《したつづみ》うって食べ、ほとんど一年ほどの長い月日の間に、まるで食べてしまいました。青い翡翠の耳環だけがあとに残りました。
 
     三
 
 青年は話し終わって口を閉じた。そして、ひとしきり瞳をすえて、じっと水平線を見つめていた。
 日が落ちるとともに、冷たい風がそよそよ吹きはじめた。
 しばらくして沈黙を破ったのは白井であった。
「実に面白い話です。しかし君の告白には、不合理なところがある。まだ奥歯にもののはさまったようなところが一つありますね」
「どこに?」
 若者はいぶかしげに、こう訊きました。
 白井は落ち着いた低い声で、
「私はあなたの友人です。ですから警察へ密告なぞは決してしません。だから、あなたも正直に告白してもらいたいのです」
「なんです?」
「前後の事情から考えて、私には、どうも、マルタが過ちで河に落ちたものとは思われないのです。そこまで告白してくださったのなら、すべて告白しておしまいなさい。マルタをランチから突き落としたのはあなたでしょう。あなたがランチのどこかに隠れていたのでしょう?」
 青年は顔色をさッと変えて、おどおどした震え声でいった。
「ええ、白状します。実はそうなんです。あまり残酷なのでこれだけはいえなかったのです」
「それであなたの告白に筋道がたってきました。いや、面白かったです。さあ、寒くなったから、これから喫煙室へ行って、うんと陽気に一杯やろうじゃありませんか。あなたの恋人の追憶のために」
 勢いよく立ち上がって、二人は肩をならべて甲板を歩きだした。
「誰にも話さないでくださいよ」
 そっと青年が、心配げに耳打ちした。
「かたく秘密を守ります」
 白井は満足の頂点に達した男の微笑を、ひそかにその顔に浮かべるのであった。白井が快感の頂点に達したのも無理はない。彼は、姿見に映った自分の姿に見惚れる美女の歓喜と陶酔をもって、この若者の一語一語を聞いていたのだ――この愛すべき|偽瞞者《ぎまんしや》は白井が書いた小説を、そのまま|暗誦《あんしよう》したのである。
 
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