|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|

佐藤春夫訳「徒然草」二百四十一


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 十五夜の月の円満な形も一刻も固定的なものではない。すぐ欠けてくる。注意深くない人は一夜のうちにだって月の形がそれほど変化して行く状態などは目にもとまらないのであろう。病が重るのもある状態で落ちついている隙もなく、刻々に重くなって行ってやがて死期は的確に来る。しかし病勢がまだあらたまらず、死に直面しないあいだはとかく人間は人生が固定不動という考えが習慣になって生涯のうちに多くの事業を成就して後静かに仏道を修行しようなどと思っているうちに病にかかって死の門に接近する。その時かえりみれば平生の志は何一つ成就していない。この度命をとりとめて全快したら昼夜兼行このこともあのこともつとめて完成しようという念願を起すようであるが、ほどなく病が昂じては我を忘れて取り乱して終る。人間は誰しもこんなふうである。なん人《びと》もこの一事を痛切に念頭におくべきである。欲望を成就して後に、余暇があったら道を修しようという気では、欲望は際限もあるまい。幻のような人生において成就するに足る何事があろうそ。いっさい欲望はみな妄想である。所願が心に現われたら、妄念が身を迷わし乱すものと自覚して何事もしないのがよい。いっさいのことを放擲して仏道に向ったならば、なんの障害もなく為さねばならぬという仕事もなく、心身ともに永久に安静である。
メニュー

更新履歴
取得中です。