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江戸川乱歩「ざくろ」


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1

 わたしは以前から『犯罪捜査録』という手記を書きためていて、それには、わたしの長い探偵生活中に取り扱っためぼしい事件は、ほとんど漏れなく、詳細に記録しているのだが、ここに書ぎつけておこうとする『硫酸殺人事件』はなかなか風変わりなおもしろい事件であったにもかかわらず、なぜか、わたしの捜査録にまだしるされていなかった。取り扱った事件のおびただしさに、わたしはつい、この奇妙な小事件を忘れてしまっていたのに違いない。

 ところが、最近のこと、その『硫酸殺人事件』をこまごまと思い出す機会に出くわした。それは実に不思議干万な驚くぺき「機会」であったが、そのことは、いずれあとでしるすとして、ともかく、この事件をわたしに思い出させたのは、信州のS温泉で知り合いになった猪股《いのまた》という紳士、というよりは、その人が持っていた一冊の英文探偵小説であった。手ずれでよごれた青黒いクロース表紙の探偵小説本に、今考えてみると、実にさまざまの意味がこもっていたのであった。

 これを書いているのは昭和ー年の秋の初めであるが、その同じ年の夏、つまり、ついひと月ばかり前まで..わたしは信濃《しなの》の山奥にあるSという温泉へ、ひとりで避暑に出かけていた。S温泉は信越《しんえつ》線のY駅から、私設電車に乗って、その終点からまた二時間ほどガタガタの乗合自動車にゆられなければならないような、ごくごくへんぴな場所にあって、旅館の設備は不完全だし、料理はまずいし、遊楽の気分はまったく得られないかわりには、人里離れた深山幽谷《しんざんゆうこく》の感じは申しぶんがなかった。旅館から三丁ほど行くと、非常に深い谷があって、そこにみごとな滝がかかっていたし、すぐ裏の山から、とぎどきイノシシが出て、旅館の裏庭近くをさえさまようこともあった。

 わたしの泊まった翠巒荘《すいらんそう》というのが、S温泉でたった一軒の旅館らしい旅館なのだが、ものものしいのは名まえだけで、広さは相当広いけれど、全体に黒ずんだ山家《やまが》ふうの古い建物、おしろいの塗り方も知らない女中たち、のりのこわいつんつるてんの貸しゆかた、というまことに都離れたふぜいであった。そんな山奥ではあるけれど、さすがに盛夏には八分どおり滞在客があり、その半ばは東京、名古屋など大都会からのお客さんである。わたしが知り合いになったという猪股氏も、都会客のひとりで、東京の株屋さんということであった。

 わたしは本職が警察官のくせに、どうしたものか、探偵小説の大の愛読者なのである。というよりは、わたしの場合は、探偵小説の愛読者が、犯罪事件に興味を持ちだしたのがきっかけで、地方警察の平刑事から警視庁捜査課に入り込み、とうとう半生を犯罪控査にささげることになった、という風変わりな経路をとったのであるが、そういうわたしのことだから、温泉などへ行くと、泊まり客の中にうさんくさいやつはいないかと目を光らせるよりは、かえって、探偵小説好きはいないかしら、探偵小説論を戦わす相手はいないかしらと、それとなく物色するのが常であった。

 今、日本でも探偵小説はなかなか流行しているのに、娯楽雑誌などの探偵小説は読んでいても、単行本になった本格の探偵小説を持ち歩いているような人は、不思議なほど少ないので、わたしはいつも失望を感じていたのであるが、今度だけは、翠巒荘《すいらんそう》に投宿したその日のうちに、実に願ってもない話し相手を見つけることができた。

 その人は、青年でもあることか、あとでわかったところによると、わたしより五つも年長の四十四歳という中年者のくせに、トランクに詰めている本といえば、ことごとく探偵小説、しかも、それが日本の本よりは英文のもののほうが多いという、実に珍しい探偵趣味家であった。その中舞紳士が、今いった猪股氏であったことは申すまでもない。その猪股氏が、旅館の二階の縁側で、籐イスに腰かけて、一冊の探偵本を読んでいたのを、わたしがチラと見かけたのがきっかけになり、どちらから接近するともなく接近していって、その翌日はもうお互いの身分を明かし合うほど懇意になっていた。

 猪股氏のふうさいようぼうには、何かしら、妙にわたしをひきつけるものがあった。それほどの年でもないのに、卵のようにきれいにはげた格好のよい頭、ひどく薄いけれど上品なぼうぼうまゆ、黄色な玉の縁なしめがね、その色ガラスを通して見えるふたえまぶたの大きな目、スラッと高いギリシャ鼻、短い口ひげ、もみ上げからあごにかけて、美しく刈りそろえたほおひげ、どことなく日本人離れのした、しかし、非常な好男子で、それが、たとい旅館のつんつるてんの貸しゆかたであろうとも、キチンとえりを合わせて、ぎちょうめんに帯を締めて端然としている様子は、ひどく謹厳な大学教授とでもいった感じで、とても株屋さんなどとは思われぬのであった。

 だんだんわかったところによると、この紳士は、最近奥さんを失ったということで、どれほど愛していた奥さんであったのか、その深い悲しみが、かれの青白く美しい眉宇《びう》のあいだに、まざまざと刻まれていた。それとなく観察していると、たいていはへやにとじこもって、例の探偵本を読んでいるのだが、好きな小説もかれの悲しみを忘れさせる力はないとみえて、ともすれば、読みさしの本を畳の上へほうり出したまま、机にほおづえをついて、うつろな表情で、縁側の向こうにそびえる青葉の山を、じっと見つめている様子が、いかにも寂しそうであった。

 翠巒荘に着いた翌々日のお昼過ぎのこと、わたしは食後の散歩のつもりで、ゆかたのまま、焼ぎ印をおした庭ゲタをはいて、裏門から、翠巒園という公園めいた雑木林の中へ出かけていったが、ふと見ると、やっぱりゆかたがけの猪股氏が、向こうの大きなシイの木にもたれて、何かの本に読みふけっていた。たぶん探偵小説であろうが、きょうは何を読んでいるのかしらと、わたしはついそのほうへ近づいていった。

 わたしが声をかけると、猪股氏はヒョイと顔を上げ、ニッコリ会釈をしたあとで、手にしていた青黒い表紙の探偵本を裏返して、背表紙の金文字を見せてくれたが、そこには、

  TRENT'S LAST CASE E. C. BENTLEY

 と、三段ほどにゴシック活字で印刷してあった。

「むろん、お読みなすったことがおありでしょう。ぼくはもう五度めぐらいなんですよ。ごらんなさい、こんなによごれてしまっている。実によくできた小説ですね。おそらく、世界でいくつという少ない傑作の一つだと思います」

 猪股氏は、読みさしたページに折りめをつけて、閉じた本をクルクルともてあそびながら、ある情熱をこめていった。

「ベントリーですか、わたしもずっと以前に読んだことがあります。もう詳しい筋なんかはほとんど忘れてしまっていますが、何かの雑誌で、それとクロフツの『樽』とが、イギリス現代の二つの最もすぐれた探偵小説だという評論を読んだことがありますよ」


 そして、わたしたちはまた、しばらくのあいだ、内外の探偵小説について感想を述べ合ったことであるが、それに引き続いて、もうわたしの職業を知っていた猪股氏は、ふと、こんなことをいいだしたのである。

「長いあいだには、ずいぶん変わった事件もお扱いなすったでしょうね。これで、わたしなども、新聞で騒ぎたてるような大事件は、切り抜きを作ったりして、いろいろとしろうと推理をやってみるのですが、そういう大事件でなしに、いっこう世間に知られなかった、ちょっとした事件に、ぎっとおもしろいのがあると思いますね。何かお取り扱いになった犯罪のうちで、わたしどもの耳にはいらなかったような、風変わりなものはありませんでしょうか。むろん、新しい事件では、お話しくださるわけにはいかぬでしょうが、何かこう時効にかかってしまったような古い事件でも…・.・」

 これはわたしが新しく知り合った探偵好きの人から、いつもきまったように受ける質問であった。

「そうですね。わたしの取り扱っためぼしい事件は、たいてい記録にして保存しているのですが、そういう事件は、当時新聞でも詳しく書きたてたものばかりですから、いっこう珍しくもないでしょうし……」

 わたしはそんなことをいいながら、猪股氏の両手にクルクルもてあそばれているペントリーの探偵小説をながめていたが、すると、どういうわけであったか、わたしの頭の中のモヤモヤしたむら雲を破って、まるで十五夜のお月さまみたいに、ポッカリ浮き上がってきたのが、先にいった『硫酸殺人事件』であった。

「実際の犯罪事件というものは、純粋の推理で解決する場合は、ほとんどないといってもいいくらい少ないのです。ですから、わたしたち探偵小説好きには、ほんとうの犯罪はそんなにおもしろくない。推理よりも偶然と足とが重大要素なのです。クロフツの探偵小説は、いわば足の探偵小説、探偵が頭よりも足を使って、むやみと歩きまわって事件を解決しますね。あれなんか、やや実際に近い味ではないかと思うのですよ。しかし、例外がないこともない。今思い出したのですが『硫酸殺人事件』とでもいいますか、十年ほど前に起こった奇妙な事件があるのです。それは地方に起こったことだものですから、東京大阪の新聞は、ほとんど取り扱わなかったように記憶しますけれど、小事件のわりには、なかなかおもしろいものでしたよ。わたしはそれを、あまり古いことなので、つい忘れるともなく忘れていたのですが、今あなたのおことばで、ヒョイと思い出しました。ご迷惑でなかったら、記憶をたどりながら、ひとつお話ししてみましょうか」

「ええ、ぜひ。なるべく詳しく伺いたいものですね。硫酸殺人と聞いただけでも、なんだか非常におもしろそうではありませんか」

 猪股氏は、子どもらしいほど期待の目を輝かせながら、飛びつくようにいうのであった。

「ゆっくり落ちついて伺いたいですね。立ち話もないんですから……といって、旅館のへやではあたりがやかましい。どうでしょうか、これから滝道のほうへ登って行きますと、そういうお話を伺うにはもってこいの場所があるんですが……」

 そんなふうにいわれるものだから、わたしもだんだん乗り気になっていった。わたしには妙なくせがあって、 『犯罪捜査録』を執筆するときは、その前に一度、事件の経過を詳しく人に話して聞かせるのが慣例のようになっていた。そうして話している間に、おぼろげな記憶がだんだんハッキリして、つじつまが合ってくる。それがいざ筆をとる段になって、たいへん役にたつからである。また、わたしは座談にかけてはなかなか自信があって、探偵小説めいた犯罪事件などを、なるべくおもしろそうに順序をたてて、詳しく話して聞かせるのが、一つの楽しみでもあった。ぎょうはなんだかうまく話せそうだわい、と思うと、わたしのほうも子どもになって、 一も二もなく猪股氏の申し出に応じたものである。

 半ば雑草におおわれた細い坂道を、ウネウネ曲がりながら、一丁ほど登ると、先に歩いていた猪股氏が立ち止まって、ここですよ、という。なるほど、うまい場所を見つけておいたものである。一方はモクモクと大樹の茂った急傾斜の山腹、一方は深い谷を見おろした、何丈と知れぬ断崖《だんがい》、谷の底には異様に静まり返ったドス黒いふちが、深く深く見えている。その棧道《さんどう》になった細道から、少しそれたところに、一つの大きな岩が、ひさしのように深淵《しんえん》をのぞいていて、そこに畳一畳ほどの平らな場所があるのだ。

「あなたのお話を伺うには、実におあつらえ向きの場所ではありませんか。一つ足を踏みはずせば、たちまち命のないがけの上、犯罪談や探偵小説の魅力は、ちょうどこれではないかと思いますよ。おしりのくすぐったくなるこの岩の上で、恐ろしい殺人のお話を伺うとは、なんと似つかわしいことではないでしょうか」

 猪股氏はさも得意げにいって、いきなり岩の上に登ると、深い谷を見おろす位置にドッカリと腰をすえた。

「ほんとうに、こわいようなところですね。もし、あなたが悪人であったら、わたしはとてもここへすわる気にはなれませんよ」

 わたしは笑いながら、かれの隣に席を占めた。

 空は一面にドンヨリした薄曇りであった。何か汗ばむような天候ではあったけれど、温度はたいへん涼しかった。谷を隔てた向こうの山も、陰気に黒ずんで、見渡すかぎり、ふたりのほかには生き物のけはいもなく、いつもはやかましいほどの鳥の声さえ、なぜかほとんど聞こえてはこなかった。ただ、ここからは見えぬ川上の滝音が、かすかな地響を伴っておどろおどろ鳴り渡っているばかりであった。

 猪股氏のいうとおり、わたしの奇妙な探偵談には、実にうってつけの情景である。わたしはいよいよ乗り気になって、さて、その『硫酸殺人事件』について話し始めたのである。

2

 それは今から足かけ十年前、大正・f年の秋に、名古屋の郊外Gという新住宅街に起こった事件です。G町は今でこそ市内と同じように、住宅や商家が軒を並べた明るい町になっていますが、十年前のそのころは、建物よりはあき地のほうが多いような、ごく寂しい場所で、夜など、用心深い人はちょうちんを持って歩くほどの暗さだったのです。

 ある夜のこと、所轄警察署の一巡査が、そのG町の寂しい通りを巡回していましたとき、ふと気がつくと、確かにあき家のはずの一軒の小住宅にーそれはあき地のまん中にポツンと建った、こわれかかったような一軒建てのあばら家で、ここ一年ほどというもの、雨戸をたてきったま鼠になっていて、急に住み手がつこうとも思われませんのに、不思議なことに、あき家の中にかすかな赤ちゃけたあかりが見えていたのです。しかもそのほのあかりの前に、何かしらうごめいているものがあったのです。あかりが見えるからには、しめきってあった戸が開かれていたのでしょう。いったい、何者がその戸を開いたのか、そして、あんなあき家の中へ侵入して何をしているのか。巡回の警官が不審を起こしたのは、至極もっともなことでした。

 巡査は足音を盗むようにしてあき家へ近づいていって、半開ぎになっている入り口の板のあいだからソッと家の中をのぞいてみたといいます。すると、まず最初目にはいったのは、畳も敷いてない、ほこりだらけの床板に、ミヵン箱ようのものを伏せて、その上にじかに立てられた太い西洋ローソクだったそうです。

 ローソクの手前に、黒く、キャタツのようなものが足をひろげて立っていて、そのキャタツの前に、何か小さなものに腰かけたモゾモゾ動いている人影があったというのです。よく見ると、キャタツと思ったのは、写生用の画架でして、それにカンバスを掛けて、ひとりの若い長髪の男が、しぎりと絵筆を動かしていたのでした。

 ひとのあき家に侵入して、ローソクの光で何かを写生しているんだな。美術青年の物好きにもせよ、けしからんことだ。しかし、いったい、この夜ふけに、わざと薄暗いローソクの光なんかで、何を写生しているのかしらと、その巡査はミカン箱の向こう側にあるものを、注意してながめたと申します。

 そのものは  美術青年のモデルになっていたものは、立っていなかったのです。ほこりだらけの床板の上に、長々と横たわっていたのです。ですから、巡査にも急にはそのものの正体がわかりませんでしたが、ミカン箱の陰になっているのを、背伸びをして、よく見ますと、それは確かに人間の服装はしているのですけれど、どうも人間とは思われない、なんともえたいの知れぬへんてこれんなものだったということです。

 巡査はザクロがはぜたようなものだったと形容しましたが、わたし自身も、のちにそれを見たとき、やっぱりよく熟してはぜ割れたザクロを連想しないではいられませんでした。そこには、黒い着物を着た一個の巨大な割れザクロがころがっていたのです。という意味は、むろんおわかりでしょうが、めちゃめちゃに傷つき、ただれ、血によごれ、どう見ても人間とは思われないような、無残な顔がころがっていたのです。

 巡査は最初、そんなふうなグロテスクな、すいきょうなメーキヤップをしたモデル男なのかと考えたそうです。それを写生している青年の様子が、ばかにゆうぜんとして、ひどくうれしそうに見えたからです。また、美術学生などというものは、こうしたとっぴな所業をしかねまじいものだということを、その巡査は心得ていたからです。

 しかし、たといふんそうをしたモデルにもせよ、これはちと穏やかでないと考えましたので、いきなりあき家の中へ踏み込んでいって、その青年を詰問したのですが、すると、異様な長髪の美術青年は、別に驚きあわてる様子もなく、かえってあべこべに、何をじゃまするのだ、せっかくの感興をめちゃめちゃにしてしまったじゃないかと、巡査に向かってくってかかったといいます。

 巡査はそれにかまわず、ともかくミカン箱の向こうに横たわっている例の怪物を、間近に寄ってしらべてみますと、決してメーキヤップのモデルでないことがわかりました。息もしていなければ脈もないのです。その男は、実に目もあてられないありさまで、お化けのように殺害されていたのでした。

 巡査は、こいつはたいへんな事件だぞと思うと、日ごろひそかに待ち望んでいた大物にぶつかった興奮で、もう夢中になって、有無をいわせず、その青年を近くの交番まで引ったてていき、そこの巡査の応援を求め、本署にも電話をかけたのですが、その興奮しきった電話の声を聞き取ったのが、かくいうわたしでありました。もうお察しのことと思いますけれど、当時わたしは、まだ郷里の名古屋にいまして、M警察署に属する駆けだしの刑事だったのです。

 電話を受け取ったのが九時少し過ぎでした。夜勤の者のほかは皆自宅に帰っていて、いろいろ手間どったのですが、検事局、警察部にも報告したうえ、けっきょく、署長自身が検証に出向くことになり、わたしも老練な先輩刑事といっしょに、署長さんのお供をして、現場のありさまを詳しく観察することがでぎました。

 殺されていたのは、警察医の意見によりますと、三十四、五歳の健康な男子ということでした。これという特徴もない中肉中背のからだに、シャツは着ないで、羽二重《はぶたえ》の長じゅばんに、くすんだ色の結城つむぎのあわせを着て、絞り羽二重のへこ帯をまきつけておりましたが、その着物も、じゅばんも、帯もひどく着古したよれよれのもので、少なくとも現在では、決して豊かな身分とは思われませんでした。

 両手と両足を荒なわで縛られていたんですが、縛られるまではずいぶん抵抗したらしく、胸だとか二の腕などに、おびただしいかき蕩が残っていました。大格闘が演じられたのに違いありません。それをだれも気づかなかったのは、さっきも申し上げるとおり、そのあき家というのが、広っぱのまん中に、ポツンと離れて建っていたからでありましょう。

 手足を縛っておいて、顔に劇薬をかけたのです。気」うしてお話ししていますと、その恐ろしい形相が、まざまざと目の前に浮かんでくるようです。わたしは今、その無気味なものの様子を、どんなに詳しくでもお話しすることができますけれど……ああ、あなたもそういうお話は、おきらいのようですね。では、そこのところははしょることにしまして……さて、その男の死因なのですが、いくらひどく硫酸をぶっかけたからといって、顔を焼けどしたくらいで死ぬものではありません。もしや、硫酸をかける前に、なぐるとか絞めるとかしたのではあるまいかと、医師がいろいろ調べてみたのですが、命に別状のないかき傷のほかには、そういう形跡は少しもないのでした。

 ところが、やがて、実に恐ろしいことがわかってきました。嘱託医が、ふと、こんなことをいいだしたのです。

「犯人は硫酸を顔へかけるのが目的ではなくて、こんなに焼けただれたのは、実は偶然の副産物だったのではないでしょうか……この口の中をごらんなさい」

 そういって、ピンセットでくちびるをめくり上げたのを、のぞいてみますと、口の中は顔の表面にもまして、実にさんたんたるありさまでした。で、また医者がいうのです。

「床板にしみ込んでいてよくわからないけれど、かなり吐いているようです。顔へかけた劇薬が口にはいって、胃袋まで届くはずはありませんからね。これはもう明らかに、それを飲ませようとしたのですよ。まず手足を縛っておいて、左の手で鼻をつまんだのでしょうね。そうとしか考えられないじゃありませんか」

 ああ、なんという恐ろしい考えでしたろう。しかし、いくら恐ろしくても、この想像説には、少しもまちがいがないように思われました1被害者の死体は、翌日すぐ解剖に付されたのですが、その結果はやっぱり、この警察医のことばを裏書きしました。むりやり硫酸を飲ませて人殺しをするなんて、まるで非常識な狂気のさたです。気違いのしわざかもしれません。でなければ、ただ殺したのでは飽き足りないほどの、よくよくの深い僧悪《ぞうお》なり怨恨《えんこん》なりが、こんな途方もない残虐な手段を考え出させたものに相違ありません。被害者の絶命の時間は、もちろん正確にはわからないのですけれど、医師の推定では、その日の午後も夕方に近い時分、おそらくは四時から六時ごろまでのあいだではないか、ということでした。

 こんなふうにして、だいたい殺人の方法は想像がついたのですが、では、 「だれが」 「何のために」 「だれを」殺したかという点になりますとー変ないい方ですが;ーまるで見当がつきません。むろん、例の長髪の美術青年は、本署に留置して、調べ室でビシビシ調べたのですけれど、犯人は決して自分ではない、被害者がだれであるかも知らない、といい張って、いつまでたっても、少しも要領を得ないのでした。

 その青年は、問題のあき家のあるG町の隣町に間借りをして、なんとかいいましたっけ、ちょつと大ぎな洋画の私塾へ通っている、ほんとうの美術学生でした。名まえは赤池といいました。おまえは、殺人事件を発見しながら、なぜすぐ警察へ届け出なかったのだ、けしからんではないか。そのうえ、あのむごたらしい死がいを、平気で写生しているとは、いったい、どうしたというのだ。おまえこそ犯人だといわれても、弁解の余地がないではないかと、詰問されたとき、その赤池君は、こんなふうに答えたのです。

「ぼくはあの長いあいだ住み手のない、化け物屋敷みたいなあき家に、以前から魅力を感じていて、何度もあすごへはいったことがあるのです。錠まえも何もこわれてしまっているから、はいろうと思えばだれだってはいれますよ。まっ暗なあき家の中でいろいろな空想を描いて時間をつぶすのが、ぼくにはたいへん楽しかったのです。きょうの夕方も、そんなつもりで、なにげなくはいっていくと、目の前にあの死がいがころがっていたのですよ。もうほとんど暗くなっていましたので、ぼくはマッチをすって、死がいの様子をながめました。そして、こいつはすばらしい、と思ったのです。なぜといって、ちょうどああいう画題を、ぼくは長いあいだ夢見ていたのですからね。やみの中のまっかな花のように、目もくらむばかりの血の芸術。ぼくはそれをどんなに恋いこがれていたでしょう。実に願ってもないモデルでした。ぼくは家にとんで帰って、画架と絵の具とローソクとを、あき家の中へ持ち込んだのです。そして、あのにくらしいおまわりさんに妨害されるまで一心不乱に絵筆をとっていたのです」

 どうもうまくいえませんが、赤池君のそのときのことばは、物狂おしい情熱にみちていて、なんだか悪魔の歌う詩のように聞こえたことでした。まったくの狂人とも思われませんが、決して普通の人間じゃあない。少なくとも、病的な感情の持ち主であることは確かです。こういう男を常規で律することはできない。さもさも、まことしやかな顔をして、その実どんなうそをいっているかしれたものではない。血みどろの死がいを平気で写生していたほどだから、人を殺すことなど、なんとも思っていないかもしれぬ。だれしもそんなふうに考えたものです。ことに、署長さんなどは、てっぎりこいつが犯人だというので、一応の弁解がなりたっても、帰宅を許すどころか、留置室にとじこめたまま、実に激しい調べ方をさせたのでした。

 そうしている間に、まる二日《ふつか》が経過しました。わたしなぞは、よく探偵小説にあるように、あき家の床や地面を、犬みたいにはい回って、十二分に調べたのですけれど、硫酸の容器も出てこなければ、足跡や指紋も発見されず、手がかりといっては、何一つなかったのです。また、付近の住人たちに聞き回っても、なにしろいちばん近いお隣というのが、半丁も離れているのですから、このほうもまったく徒労に終わりました。一方、唯一の被疑者である赤池青年は、ふた晩というものほとんど一睡もさせないで取り調べたのですが、責めれば責めるほど、かれのいうことはますます気違いめいていくばかりで、まったく、らちがあきません。

 それよりも何よりも、いちばん困るのは、被害者の身元が少しもわからないことでした。顔は今申したはぜたザクロなんですし、からだにもこれという特徴はなく、ただ着物の柄を唯一の頼みにして、探偵を進めるほかはなかったのですが、まず第一番に赤池の間借りをしていた理髪店の主人を呼び出して、その着物を見せても、まったく心当たりがないといいますし、あき家の付近の人たちもハッキリした答えをするものはひとりもないというありさまで、わたしたちはほとんど途方にくれてしまったのです。

 ところが、事件の翌々日の晩になって、妙な方面から、被害者の身元がわかってきました。そして、この無残な死にざまをした男は、当時こそ落ちぶれてはいたけれど、以前は人に知られた老舖の主人であったことが判明したのです。さて、わたしのお話は、これからおいおい探偵談らしくなっていくのですが。

3

 その晩も事件について会議みたいなものがありまして、わたしは署に居残っていたのですが、八時ごろでした、谷村絹代《たにむらきぬよ》さんという人から、わたしへ電話がかかってきたのです。至急あなただけに内密にご相談したいことがあるから、すぐおいでくださらんでしょうか。実は今世間で騒いでいる硫酸殺人事件に関係のある事柄です。しかし、これは、わたしに会って話を聞いてくださるまで、署の人たちに知らせないようにしてほしい。どうか急いでおいでください。というおだやかならん話なのです。電話口の絹代さんの声は妙にうわずって、何か非常に興奮している様子でした。

 谷村というのは、もしやご存じではありませんか、名古屋名物のムジナまんじゅうの本舖なのです。東京でいえば、風月堂《ふうげつどう》とか、虎屋《とらや》とかに匹敵する大きなお菓子屋さんでした。あの地方ではだれ知らぬものもない、旧幕時代からの老舖《しにせ》ですよ。ムジナなんて、へんてこな名をつけたものですが、これにはものものしい由来話などもあって、古くから通った名まえだものですから、あのへんの人には別に変にも響かないらしいのですね。わたしはここの主人の万右衛門《まんえもん》という人とは懇意な間がらでして……万右衛門などというと、いかにもおじいさんくさいですが、これは谷村家代々の伝え名なので、当時の万右衛門さんは、まだ三十を三つ四つ越したばかりの、大学教育を受けたものわかりのいい若紳士でしたが、その人が文学などもかじっているものですから、小説好きのわたしとはよく話が合って、ああ、そうそう、わたしはこの人と、探偵小説論なども戦わしたことがあるのですよ。絹代さんというのは、その万右衛門さんの若くて美しい奥さんだったのです。その奥さんからそういう電話を受けたのですから、うち捨てておくわけにはいきません。わたしはでたらめの口実を作って会議の席をはずし、さっそく谷村家へと駆けつけました。

 ムジナまんじゅうの店は、名古屋でも目抜きのTという大通りにあって、古風な土蔵造りの店構えが、その町の名物みたいになっているのですが、別に家族の住宅が、M署管内の郊外にあったのです。そんなに遠いところでもないのですから、わたしはテクテクと暗い道を歩きながら、ヒョイと気がついたのは、問題の殺人のあった、G町のあき家は、谷村さんの宅とは目と鼻のあいだ、ほんの三丁ほどしか隔たっていないということでした。そういう地理的な関係からしましても、絹代さんの電話のことばがいよいよ意味ありげに考えられてくるのです。

 さて、絹代さんと会ってみますと、日ごろ血色のいい人が、まるで紙のように青ざめて、ひどくソワソワしていましたが、わたしの顔を見るなり、たいへんなことになりました、どうしたらいいのでしょうと、すがりつかんばかりのありさまでした。いったいどうなすったのです、と聞きますと、主人が  万右衛門さんがですね、行くえ不明になってしまった、というのです。時も時、例の硫酸殺人事件が発見された翌朝のこと、万右衛門さんが、夢中になって奔走していた製菓事業の株式会社創立の要件で、東京のMという製糖会社の重役に会うために、午前四時何分発の上り急行列車で出発したのだそうです。そのころはまだ特急というものがなかった時分で、東京へお昼過ぎに着くためには、そんな早い汽車を選ばなければならなかったのですよーちょつとお断わりしておきますが、その出発したというのは、むろん、絹代さんといっしょに寝泊まりをしている郊外の住宅のほうからでした。万右衛門さんは、その前日は、会社創立のことで、めんどうな調べものをして、夜おそくまで書斎にこもっていたのだそうです。  ところが同じ日の夕方になって、そのM製糖会社から絹代さんのところへ至急電話がかかってきて、谷村さんが約束の時間においでがないが、何かさしつかえが生じたのか、という問い合わせがあったのだそうです。急を要する要件があって、先方でも待ちかねていたものとみえますね。この意外な電話に、絹代さんはびつくりして、確かにけさ四時の汽車でそちらへ参りました。ほかへ寄り道などするはずはありませんが、と答えますと、先方から重ねて、実は、赤坂の谷村さんの定宿のほうも調べさせたのだけれど、そこにもおいでがない。谷村さんにかぎって、ほかの宿屋へお泊まりなさるはずはないのだが、どうもおかしいですね、ということで、うやむやに電話が切れてしまったというのです。

 それから翌日は一日じゅう、つまり、わたしが谷村さんを尋ねた晩までのあいだですね、その一日じゅう、製糖会社はもちろん、東京の宿屋やお友だちのところ、静岡の取り引き先など、心当たりという心当たりへ何度も電話をかけて、万右衛門さんの行くえを尋ねたのだそうですが、どこにも手ごたえがない。まる二日というもの、谷村さんの所在はまったくわからないのです。これが普通の場合なれば、別に心配もしないのだけれど、と絹代さんがいうのですよ、主人の出発した前の晩には、ああいう恐ろしいことがあったのでしょう。ですから、何かしら胸騒ぎがして……と、奥歯[に物のはさまったように言いよどんでいるのです。

 恐ろしいことというのは、むろん硫酸殺人事件なのですが、では絹代さんは、もしやあの被害者を知っているのではないかしら。わたしは何かしらハッとして、おそるおそるそのことを尋ねてみました。すると、

「ええ。ほんとうは、あの夕刊を見たときから、わたしにはチャンとわかっていたのです。でも、どうしてもこわくって、警察へお知らせする気になれなかったものだから……」

 と、口ごもるのです。

「だれです? あのあき家で殺されていたのは、いったい、だれなのです」

 わたしは思わずせきこんで尋ねました。

「ほら、わたしどもとは長年のあいだ商売がたきであった、もう一軒のムジナまんじゅうのこ主人、琴野宗一さんですよ。新聞に出ていた着物の様子もそっくりだし、そればかりでなく、実はもっと確かな証拠がありますのよ」

 それを聞きますと、わたしは何もかもわかったような気がしました。絹代さんが被害者を知りながら、今まで黙っていたわけ、それほど心痛しているくせに、万右衛門さんの捜索願いをしなかったわけ、いっさいがてんがいったのです。絹代さんは実に恐ろしい疑いをいだいていたのでした。

 そのころ、名古屋には、ムジナまんじゅうという同じ名のお菓子屋さんが、市内でも目抜きのT町に、ほとんど軒を並べんばかりにくっついて二軒営業をしていました。一軒はわたしの懇意にしていた谷村万右衛門さん、絹代さんのご主人ですね。もう一軒は琴野宗一といって、絹代さんによればこの事件の被害者なのですが、両方とも数代続いた老舖《しにせ》でして、どちらがほんとうの元祖なのか、わたしも詳しいことは知りませんが、谷村のほうでも、琴野のほうでもふ負けず劣らず『元祖ムジナまんじゅう』という大ぎな金看板を飾って、目と鼻のあいだで元祖争いを続けていたのでした。東京の上野K町に二軒の黒焼き屋さんが軒を並べて元祖争いをやっていることはたいへん有名ですから、あなたもたぶんご存じでしょうが、つまり、あれなのですね。

 元祖争いというからには、両家のあいだがむつまじくなかったことは申すまでもありませんが、ムジナまんじゅうの不仲ときては、少々けたはずれでして、何代前の先祖以来、両家の争いについて、さまざまのうわさ話が伝え残されていたほどです。琴野家の職人が谷村家の仕事場へ忍び込んで、まんじゅうの中へ砂をまぜた話、谷村家が祈濤師《きとうし》を頼んで、琴野家の没落を祈った話、両家の十数人の職人たちが、町のなかで大げんかをして、 血の雨を降らせた話、 万右衛門さんの曽祖父《そうそふ》に当たる人が、その当時の琴野の主人と、まるで武士のように刀を抜き合わせて果たし合いをした話、かぞえ上げれば際限もないことですが、数代にわたってつちかわれた両家の敵意というものは、実に恐ろしいほどでして、そののろいの血が、万右衛門、宗一両氏の体内にも燃えさかっていたのでしょう。両家の反目は、当代になっていっそう激化されたように見えました。

 このふたりは子どもの時分、級は違いましたけれど、同じ小学校に通っていたのですが、校庭や通学の道で出くわせば、もうすぐにけんかだったそうです。血を流すほどのとっくみ合いをしたこともたびたびあるといいます。この争いは、各年齢を通じて、さまざまの形をとって続けられてきましたが、因果なふたりは、恋愛においてさえも、いがみ合わなければなりませんでした。というのは、つまり、谷村さんと琴野氏とが、ひとりの美しい娘さんを奪い合ったわけなのです。そこにはいろいろ複雑ないきさつがあったのですが、当の娘さんの心が万右衛門さんに傾いていたものですから、けっきょく、この争いは谷村さんの勝ちとなり、殺人事件の三年ほど前に、盛大な婚礼式があげられました。その娘さんというのが、つまり、絹代さんなのです。

 この敗北が、琴野家没落のきっかけとなりました。宗一さんはしんそこから絹代さんを恋していたものですから、失恋からやけぎみとなり、商売のほうはお留守にして花柳界を泳ぎまわるというありさま。それでなくても、大仕掛けな製菓会社に圧迫されて、もう左前になっていた店のことですから、たちまちにして没落、旧幕以来の老舖《しにせ》もいつしか人手に渡ってしまいました。

 店の没落と前後して、両親も失い、失恋以来独身を通していたので、子どもとてもなく、宗一さんは今ではまったくひとりぼっちとなって、しんせきの助力で、かつかつその日を送っていたのでした。このころから琴野氏は、妙に卑劣な、恥も外聞もかまわないような所業をしはじめました。昔の同業者を尋ねて合力《こうりき》をこうて回ったり、仇敵《きゆうてき》である谷村家をさえ足しげく尋ねて、夕ごはんなどをごちそうになって帰るようになったのです。谷村さんも、しばらくのあいだは、先方から尾をたれて来るのですから、いやな顔もでぎず、友だちのように扱っていましたが、そのうちに、琴野氏が尋ねて来るのは、実は絹代さんの顔を見たり、美しい声を聞いたりするためであることがわかってきたのです。とうとう、絹代さんから万右衛門さんに、なんだかこわいような気がしますから、琴野さんを家へ来ないようにはからってください、と申し出たほどなのです。'そこで、ある日のこと、万右衛門さんと琴野氏とのあいだに、なぐり合いもしかねまじい激しい口論があって、それ以来、琴野氏はパッタリと谷村家へ足踏みしなくなったのですが、それと同時に、あることないこと、谷村さんの悪口をふれまわりはじめました。ことにひどいのは、絹代さんの貞操を疑わせるようなことを、しかもその罪の相手は琴野氏自身であるという作り話を、ほうぼうでしゃべりちらすことでした。

 たとい作り話とわかっていても、そんなことを間接に耳にしますと、万右衛門さんもつい妙な疑惑をいだかないではいられませんでした。わたしの家内は、絹代さんとたいへんうまが合って、よくお尋ねしてはいろいろお世話になっていたのですが、そういうことが自然家内の耳にもはいるものですから、近ごろ谷村さんご夫婦のあいだが変だ、ときどき高い声で口論なすっていることさえある、あれでは奥さんがおかわいそうだ、などと、よくわたしに言い言いしたものでした。

 そんなふうにして、先祖伝来の憎悪怨恨《ぞうおえんこん》の悪血が、万右衛門さんの胸にも、宗一さんの胸にも、だんだん激しく沸きたっていぎました。その果てには、宗一さんから万右衛門さんに当てて、のろいにみちた挑戦《ちようせん》の手紙がひんぴんとして舞い込むこととなったのです。谷村さんは平生は、たいへん物わかりのよい紳士ですが、一つまちがうと、まるで悪鬼のようにたけり狂う激しい気性の持ち主でした。おそらくは、先祖から伝わる闘争好きな血のさせるわざだったのでしょうね。

 硫酸殺人事件は、こういう事情が、いわばその頂点に達していたときに起こったのです。宗一さんが前代未聞《ぜんだいみもん》のむごたらしい方法で殺されたそのちょうど翌朝、万右衛門さんが汽車に乗ったまま行くえ不明になってしまった。とすると、絹代さんがあのようにおののぎ恐れたのも、決して無理ではなかったのです。

 さて、お話をもとにもどして、わたしが絹代さんに呼ばれて、被害者が琴野宗一氏に違いないとうちあけられた、あの晩のことを続けて申し上げますが、絹代さんは、それには着物の柄が一致するばかりでなく、こういう証拠があるのだ、といって、帯のあいだから細かくたたんだ紙切れを取り出し、それをひろげて見せてくれました。紙切れというのは手紙らしいもので、だいたいこんなことが書いてあったのです。

 何月幾日の──正確な日付を今思い出せませんが、それはつまり、殺人事件が発見された当目にあたるのです。で、何月幾日の午後四時に、G町の例のあき家(例とあるからには、その手紙の受け取り主であった万右衛門さんも、あらかじめそのあき家を知っていたのでしょうね)例のあき家に待っているから、ぜひ来てもらいたい。そこで、年来のいざこざをすっかり清算したいと思うのだ。きみはよもや、この手紙を読んで、ひきょうに逃げ隠れなどしないだろうね。まあ、こんなことが、しかつめらしい文章で書いてあったのです。差し出し人はむろん琴野宗一氏で、文章の終わりに、以前琴野家の前の店の商標であった、丸の中に宗の字が書き添えてありました。

「で、ご主人は、この時間にあき家へ出かけられたのですか」

 わたしは驚いて尋ねました。万右衛門さんは感情が激すると、そういうばかばかしいまねもしかねない人ですからね。

「それが、なんともいえませんのよ。主人はこの手紙を見ると顔色を変えて、ホラ、ご存じでしょう。あの人の癖の、こめかみの脈が、目に見えるほどピクピク動ぎだしましたの。わたし、これはいけないと思って、気違いみたいな人にお取り合いなさらぬほうがいいって、くどくお止めしておいたのですけれど……」

 と、絹代さんはいうのです。それに、万右衛門さんは、さきにもちょっと申しましたように、その日午後からずっと、夜おそくまで、書斎にとじこもって、東京へ持っていく新設会社のもくろみ書とかを書いていたので、絹代さんはすっかり安心していたのだそうですが、今になって考えると  、いったい万右衛門さんは、一晩だって行く先を知らせないでうちをあけたことのない人ですから、それがまる二日《ふつか》も行くえ不明になってみると、どうもその書斎へこもっていたというのが、絹代さんを安心させる手だったのかもしれないのです。万右衛門さんの書斎というのは、裏庭に面した日本座敷で、その縁側を降りてしおり戸をあければ、自由に外へ出られたのですからね。で、恐ろしい邪推をすれば、家内の者に知れぬようにソッと忍ぴ出して、すぐ近くのG町へ出かけて行き、また何食わぬ顔で書斎にもどっているということも、決して不可能ではなかったのです。

 万右衛門さんが、あらかじめ殺意をもって、そのあき家へ出かけて行ったというのは、まったくありえないことでした。ゆいしょある家名を捨て、美しい奥さんを捨てて、敗残の琴野氏などと命のやり取りをする気になれよう道理がありませんからね。もし出かけて行ったとすれば、ただ琴野氏の卑劣なやり方を面罵《めんぱ》して、げんこつの一つもお見舞い申すくらいの考えだったのでしょう。しかし、そこに待ちかまえていた相手は、さっきからもいうように、世をのろい、人をのろい、気違いのようになっていた琴野氏ですから、どんな陰謀をたくらんでいなかったともかぎりません。もしそのとき、琴野氏が硫酸のびんを手にして、相手の顔をめちゃめちゃにしてやろうと身構えていたとしたらーこれは想像ですよ。しかし、非常に適切な想像ではないでしょうか。琴野氏にとって万右衛門さんは、憎んでも憎み足りない恋がたきです。その恋がたきの顔をライ病やみのように醜くしてやるというのは、実に絶好の復讐《ふくしゆう》といわねばなりません。恋人を奪った男が、かたわ者同然になって生涯《しようがい》もだえ苦しむのみか、女のほうでは、つまり絹代さんのほうでは、その醜いかたわ者を末長く夫としてかしずいていかねばならぬという、一挙にして二重の効果をおさめるわけですからね。さて、そこへはいっていった万右衛門さんが、事前に敵の陰謀を見抜いたとしたら、どういうことになりましょうか。ぼつぜんとして起こる激情をおさえることができたでしょうか。幾代前の先祖からつちかわれた憎悪の血潮が、分別を越えて荒れ狂わなかったでしょうか。そこに常軌を逸した闘争が演じられたことは、想像に難くないではありませんか。そして、つい勢いのおもむくところ、敵の用意した劇薬を逆に即座の武器として、あの恐ろしい結果をひき起こした、と考えても、・さして不合理ではないように思われます。

 絹代さんは昨夜から、一睡もしないで、そういう恐ろしい妄想《もうそう》を描いていたのです。そして、もうじっとしていられなくなったものですから、日ごろ、相当立ち入ったことまで話し合っているわたしを呼び出して、思いきって、その恐ろしい疑惑をうち明けなすったわけでした。

「しかし、いくら感情が激したからといって、奥さんはご承知ないかもしれませんが、琴野さんはただ硫酸をぶっかけられたのでなく、それを飲まされていたのですよ。昔、罪人の背筋を裂いて鉛の熱湯を流しこむという刑罰があったそうですが、それにも劣らぬ無残きわまる所業ではありませんか。ご主人にそんな残酷なまねができたでしょうか」

 わたしはなんの気もつかず、感じたままをいったのですが、すると、絹代さんはさも気まずそうに、うわ目使いにわたしを見て、パッと赤面されたではありませんか。わたしはたちまち、その意味を悟りました。万右衛門さんはある意味では、非常に残酷な人だったのです。少し以前、わたしの家内が絹代さんのお供をして、笠置《かさぎ》の温泉へ遊びに行ったことがありまして、そのとき家内は、絹代さんの全身に、赤くなった妙な傷あとがたくさんついていることを知ったのです。絹代さんは、だれにもいっちゃいやよ、と断わって、家内にだけ、その傷のいわれをお話しなすったそうですが、万右衛門さんには、そういう意味の残酷性はじゅうぶんあったわけで、絹代さんはそれを考えて、思わず赤面されたのに違いありません。

 しかし、わたしはそれを見ぬふりして、なおも慰めのことばをつづけました。

「あなたはたいへんな取り越し苦労をしていらっしゃるのですよ。そんなことがあっていいものですか。ご主人が出発されてから、まだ二日しかたっていないのですから、行くえ不明だかどうか、わかりもしないのです。それに、たといあれが琴野さんだったとしても、現に赤池という気違いみたいな青年が、現場で捕えられているのですから、何か確かな反証でもあがらないかぎり、あの男が下手人と見なければなりません。恐ろしい死がいを、平気で写生していたほどですから、あいつなれば、硫酸を飲ませるぐらいのことはやったかもしれませんよ」

 と、まあいろいろ気休めを並べてみたのですが、直覚的にほとんどそれを信じきっているらしい絹代さんは、いっこう取り合ってくれませんでした。そこで、けっきょくは、今どう騒いでみてもしかたがないのですから、わたしは何も聞かなかったていにして、もう一日、二日様子を見ようではありませんか。なあに、谷村さんはそのうちにヒョッコリ帰って来られるかもしれませんよ。ただ、被害者が琴野宗一であるという点は、わたしが警察官なのですから、このままうっちゃておくわけにもいきませんが、しかしそれは、谷村さんや奥さんの名まえを出さなくても、他の方面から確かめる道がいくらもありますよ。決してご心配には及びません。ということで、その晩は絹代さんと別れたのです。むろん、わたしはその夜のうちに、被害者が琴野氏であるという新知識に基づいて、同氏が、わび住まいをしていた借家を尋ね、はたして行くえ不明になっているかどうかを確かめてみるつもりでした。ところが、そうして谷村家を辞して、M署へ帰ってみますと、わたしの留守中に何かあった様子で、署内の空気がなんとなくざわめいているではありませんか。司法主任の斎藤という警部補がーこの人は当時県下でも指折りの名探偵といわれていたのですがーその斎藤氏が、いきなりわたしの肩をたたいて、オイ被害者がわかったぞ、というのです。

 よく聞いてみますと、わたしが会議の席をはずしてまもなく、ふたりつれのお菓子屋さんが署を尋ねてぎて、硫酸殺人事件の被害者の着物を見せてほしい、と申し出たのだそうです。その着物は、さいわいまだ署に置いてあったものですから、すぐ見せてやりますと、ふたりの者は顔を見合わせて、いよいよそうだ、もとムジナまんじゅうの主人琴野宗一さんに違いない。この結城《ゆうき》つむぎは琴野さんがまだ盛んの時分、わざわざ織り元へ注文した別あつらえの柄だから、広い名古屋にも、二つとない品だ。最近もこのいっちょうらを着て、わたしどもの店へ遊びに来たことがあるくらいですから、決してまちがいはありません。という確かな証言を与えました。そこで、琴野氏の住所へ署のものが行って調べてみますと、案の定、おとといどこかへ出かけたきり、まだ帰宅しないということが判明したのだそうです。

 もうなんの疑うところもありません。被害者は琴野氏に確定しました。少なくとも、被害者に関するかぎり、絹代さんの直覚は恐ろしく的中したのです。この調子だと、加害者もやっぱりあの人の想像したとおりかもしれないそと、わたしはなんだか不吉な予感におびえないではいられませんでした。

「被害者が琴野とわかってみると、もう一軒のムジナまんじゅうの本家を調べる必要があるね。なにしろ、有名なかたぎ同士なんだから。ああ、そうそう、きみは確かあのムジナまんじゅう、谷村とかいったっけね、あすこの主人と懇意なのじゃないかね。ひとつ、きみをわずらわそうか」

 司法主任がなんの気もつかず、わたしをビクビクさせるのです。

「いや、わたしはどうも……」

「フン、懇意すぎて調べにくいというのかね。よしよし、それじゃ、おれがやろう。そして、この神秘のなぞというやつを、ひとつ、かぎ出してみるかな」

 名探偵の司法主任は、舌なめずりをして、そんなことをいうのでした。

4

 斎藤警部補はさすが名探偵といわれたほどあって、実にテキパキと調査を進めていぎました。かれはもうその晩のうちに谷村さんが行くえ不明になっていることを探り出し、翌日からは谷村家の店や住宅はもちろん、万右衛門さんと親交のあった同業者の宅などへ、みずから出向いたり、部下をやったりして、たちまちのうちに、わたしが絹代さんから聞いているだけの事情を、すっかり調ぺ上げてしまいました。いや、それ以上のある重大な事実までも探り出したのです。しかも、その新事実は、万右衛門さんが下手人《げしゆにん》であるということを、ほとんど確定するほどの恐ろしい力を持っていたのでした。

 谷村さんが株式組織の製菓会社を起こそうとしていたことは前にも申し上げたとおりですが、株式といっても一般に公募するわけではなく、新式の製菓会社に圧迫されて営業不振をかこつ市内のおもだったお菓子屋さんたちが、それに対抗して新しい活路を求めるために、各自資金を調達して相当大規模な製菓工場を起こそうということになり、会社成立のうえは、谷村さんが専務取締役に就任する予定だったのですが、それについて、工場敷地買い入れ資金その他創立準備費用として、各お菓子屋さんの出資になる五万円〔今の二千万円〕ほどの現金を谷村さんが保管して、かりに市内の銀行の当座預金にしてあった、というのです。

 二、三のお菓子屋さんの口から、そのことがわかったものですから、さっそく絹代さんに預金通帳のありかをただしますと、通帳なれば主人の書斎の小型金庫にしまってあるはずだというので、それを開いてみたのですが、ほかの小口の預金帳は残っていましたけれど、五万円の分だけが紛失していたのです。そこで、すぐさまN銀行に問い合わせたところ、その五万円は、ちょうど、殺人事件のあった翌朝、銀行が開かれると間もなく、規定の手続きを踏んで引ぎ出されていることが判明しました。支払係は谷村さんの顔を見慣れていませんでしたので、引き出しに来たのが万右衛門さんかどうかは断言しかねるということでしたが、しかし、これによって見ますと、谷村さんは五時の上り急行列車に乗ったと見せかけて、実は銀行の開かれる時間まで、名古屋にとどまっていたことになるのです。この一事だけでも、万右衛門さんが犯人であることは、もう疑いの余地がないではありませんか。

 たとい、いちじの激情からとはいえ、殺人罪を犯してみれば、すぐ目の前にちらつくのは恐ろしい断頭台の幻です。万右衛門さんが逃げてみようと決心したのは、人情の自然ではありますまいか。逃亡となると、すぐ入り用なものはお金です。まとまったお金さえあれば、捜査の網の目をのがれるために、あらゆる手段を尽くすことができるのですからね。万右衛門さんは、あのむごたらしい罪を犯したあとで、何食わぬ顔で自宅に帰りました。それは、一つには、絹代さんにそれとなく別れを告げるためでもあったでしょう。しかし、もっと重大な目的は、小型金庫の申から五万円の通帳を取り出すことではなかったでしょうか。

 そのほかにまだ、わたしだけが知っていて、検事局でも警察でも知らない一つの妙な事がらがありました。これはあとになって、わたしの家内が絹代さんの口から聞き出してきたのですが、谷村さんが東京へ行くといって家を出た前の晩、つまり、殺人事件が発見されたその夜ですね。万右衛門さんのその夜中の様子が、どうもただごとではなかった、というのです。何かこう、ながの別れでもするように、さもさもなごり惜しげに、近ごろになく絹代さんにやさしいことばをかけて、突然気違いみたいに笑いだすかと思うと、涙をポロポロこぼして激しいすすり泣きを始めるというありさまだったそうです。万右衛門さんという人は、先にも申しましたとおり、日ごろから奥さんに対する愛情の表わし方が、常人とはひどく違っていたのです。そういう風変わりな人だものですから、またいつもの病気なのだろうと、さして気にも留めなかったのだそうですが、あとになって考えると、やっぱりあれには深い意味があったのだ、万右衛門さんはほんとうに今生《こんじよう》の別れを告げていたのだと、ヒシヒシ思い当たります、と、絹代さんが打ち明けなすったというのです。

 そんなふうにして、万右衛門さんの有罪はもはや動かしがたいものとなったのですが、それらの事情なぞよりも、もっと確かな証拠は、そうして十何日というものが経過したにもかかわらず、谷村さんの行くえがようとして知れないことでした。むろん、警察では、人相書きを全国の警察署に配布して、厳重な捜索を依頼していたのですけれど、それにもかかわらず、今もってなんの消息もないのをみますと、これはもう、万右衛門さんが、あらゆる手段を尽くして、故意に姿をくらましているとしか考えられないのでした。そこで、やっとあの非凡な芸術家赤池青年の釈放ということになりました。かれはこの事件の発端で、はなはだ重要な一役を勤めたわけですが、考えてみれば、きのどくな男です。聞けばその後ほんとうの気違いになって、とうとう癲狂院《てんぎよういん》に入れられてしまったということですが。

 このようにして、旧幕以来の名古屋名物であったムジナまんじゅうは、二軒が二軒とも、なんの因縁でしたろうか、実にみじめな終わりをとげたのでありました。きのどくなのは絹代さんでした。さて、ご主人がいなくなって、しんせきなぞが寄り集まって財産しらべをしてみますと、谷村さんがああして製菓会社を起こしてみたり、いろいろやぎもきしなければならなかったのも無理でないことがわかってきました。外見ははでにつくろっていたものの、内実は、谷村家には負債こそあれ、絹代さんが相続するような資産など、一銭だってありはしなかったのです。T町のゆいしょある土蔵造りの店舖は、三番まで抵当にはいっているし、土地住宅も同じように負債の担保になっているというしまつ。十数本のタンスと、その中にはいっている幾十かさねの衣装だけが、やっと奥さんの手に残ったのですが、絹代さんはそれを持って、泣く泣く里へ居候《いそうろう》に帰らなければならないありさまでした。

 さて、これでいわゆる硫酸殺人事件はすべて落着したように見えました。わたしなども、それを信じきっていたのです。ところが、やがて、実はそうでないことがわかってぎました。この事件には、まるで探偵小説のような、非常に念入りな奇怪至極なトリックが用いられていたことがわかってきました。それは指紋だったのです。たった一つの指紋が、事態をまるで逆転させてしまったのです。これから少し自慢話になるわけですが……その指紋を発見したのが、このわたしでありました。そして、たった一つの指紋から、まるで不可能としか思えない、犯人のずば抜けたトリックを看破して、警察部長さんからおほめのことばをいただいたという、まあ気のいい話なのですが。

 それは、殺人が行なわれて半月あまりもあとのことでしたが、ある日、絹代さんがいよいよ住居を手離すことになって、女中たちをさしずして、へやをかたづけているところへ、わたしが行ぎ合わせたのです。そして、取りかたづけのおてつだいをしながら、もとの万右衛門さんの書斎をウロウロしていて、ふと目についたのが一冊の日記帳でした。むろん、万右衛門さんの日記ですよ。あの人は今ごろどこに隠れているのかしら。さだめし、取り返しのつかぬ後悔に責めさいなまれでいることであろう……などと、感慨をもよおしながら、その日記の最後の記事から、だんだんに日をさかのぼって目をとおしていったのですが、記事そのものには、別に意外な点もなく、ただところどころに、琴野宗一氏のしつような所業をのろうことばが書きつらねてあるくらいのものでしたが、そのあるページを読んで、ヒョイと気がついたのは、ページの欄外の白い部分に、ベッタリと、おや指に違いない一つの指紋がおされていることでした。万右衛門さんが目記を書きながら、インキでおや指をよごして、それと知らずにページを繰ったために、そんなハッキリした指紋が残されたのに相違ありません。

 初めはなにげなくながめていたのですが、やがてわたしはギョッとして、穴のあくほどその指紋を見つめはじめました。おそらく、顔色も青ざめていたことでしょう。息づかいさえ激しくなっていたかもしれません。絹代さんがわたしの恐ろしい形相に気づいて、まあどうなすったのと、声をかけられたほどですからね。

「奥さん、これ、これ……」とわたしはどもりながら、その指紋をさして、

「この指のあとは、むろん、ご主人でしょうね」と、詰問するように尋ねたものです。すると絹代さんは、

「ええそうですわ。主人はこの日記を決して他人にさわらせませんでしたから、それは主人のにまちがいありませんわ」

 とおっしゃるのです。

「では、奥さん、何かこう、ご主人がふだんお使いになっていた品で、指紋の残っているようなものはないでしょうか。たとえば、塗りものだとか、銀器だとか……」

「銀器でしたら、そこにタバコ入れがありますが、そのほかには、主人が手ずから扱ったような品物は、ちょっと思い出せませんけれど」

 絹代さんはびっくりしたような顔をしています。わたしはいきなり、そのタバコ入れを取って調べてみました。表面はぬぐつたように、なんの跡もついていませんでしたが、ふたを取って裏を見ると、そのなめらかな銀板の表に、いくつかの指紋にまじって、日記帳のと一分一厘違わない拇指紋《ぼしもん》が、まざまざと浮き上がっていたではありませんか。

 あなたはきっと、ただ肉眼で見たくらいで、指紋の見分けがつくものかと、不審にお思いなさるでしょうが、われわれその道で苦労していますものは、別段拡大鏡を使わずとも、少し目を接近させて熟視すれば、隆線《りゆうせん》の模様など、だいたい見分けることができるのですよ。もつとも、そのときは、なお念のために書斎の机のひぎだしにあったレンズを出して、じゅうぶん調べてみたのですが、決してわたしの思い違いではありませんでした。

「奥さん、実にたいへんなことを発見したのです。まあ、そこへすわってください。そして、わたしのお尋ねすることを、よく考えて答えてください」

 わたしはすっかり興奮してしまって、おそらく目の色を変えて、絹代さんに詰め寄ったことと思います。その興奮が移ったのか、絹代さんも青い顔をして、不安らしくわたしの前にすわりました。

「エーと、まず第一に、あの夕方ですね、ご主人が出発された前日の夕方ですね、谷村さんはむろん、夕ごはんをうちでおあがりになったのでしょうが、その時の様子を、でぎるだけ詳しくお話しくださいませんか」

 わたしの質問はひどくとうとつだったに違いありません。絹代さんは目を丸くして、まじまじとわたしの顔を見ておりましたが、

「詳しくといって、何もお話しすることはありませんわ」

 と、おっしゃるのです。といいますのは、その日谷村さんは、書斎にとじこもったきり、夢中になって調べものをしておられたので、夕ごはんなんかも絹代さんが書斎まで運んでいって、お給仕もしないで、ふすまをしめて、茶の間へ帰った、というのです。そして、しばらくしてから、ころを見計らって、おぜんをさげにいっただけだから、別にお話しすることもない、ということでした。これは万右衛門さんの癖でして、何か調ぺものをするとか、書きものや読書などに熱中しているときは、朝から晩まで書斎にとじこもって、家内の人を近寄らせない、お茶なども、机のそばの火バチに銀ぴんをかけておいて、自分で入れて飲むといったあんばいで、まるで芸術家みたいな潔癖を持っていたのです。

「で、そのときご主人はどんなふうをしていられました。何かあなたに、ものをいわれましたか」

「いいえ、ものなんかいうものですか。そんなとき、こちらから話しかけようものなら、きっとどなりつけられるにきまっていますので、わたしもだんまりで引きさがりましたの。主人は向こうを向いて机にかじりついたまま、見向きもしませんでした」

「ああ、そうでしたか……それから、これはちょっとお尋ねしにくいのですが、こういう大事の場合ですから、思いきってお聞きしますが、その晩ですね、ご主人はなんでも一時ごろまで書斎にこもっていて、それからおやすみになったということですが、そのおやすみになったときの様子をひとつ……」

 絹代さんはポッと目の縁を赤くして;あの人はよく赤面する人でした。そうすると、またいっそう美しく見える人でした。わたしは今でも、あの美しい奥さんの姿が、まぶたの裏に残っているような気がしますよ。ー赤くなってモジモジしていましたが、わたしが真顔になって催促するものですから、しかたなく答えました。

「奥の八畳にやすみますの。あの晩は、あまりおそくなるものですから、わたし、先に失礼して、ウトウトしているところへ、そうです、ちょうど一時ごろでしたわ。主人がはいって参りましたの」

「そのとき、へやの電灯はつけてありましたか」

「いいえ、いつも消しておく習慣だったものですから……廊下の電灯が障子にさして、まっ暗というほどでもありませんの」

「それで、ご主人は何かお話しになりましたか。いいえ、ほかのことは何もお聞きしないでもいいのです。ただ、その晩寝室で、ご主人とのあいだに、世間話とか、家庭のこととか、何かお話があったかどうかということを伺いたいのです」

「別になにも、……そういえば、ほんとうに話らしい話は、何もしなかったようですわ」

「そして、四時前にはもう起ぎていらしったのですね。そのときの様子は?」

「わたし、つい寝すごして、主人が起きて行ったのを知りませんでしたの。ちょうどその朝、電灯に故障があって、主人はローソクの火で洋服を着たのですが、化粧室ですっかり着替えをするまで、わたしちっとも知らなかったのです。そうしているところへ、前の晩からいいつけてあった人力車が参りましたので、女中とわたしとが、やっぱりローソクを持って、玄関のところまでお送りしましたの」

 まるで講釈師みたいな変な話し方になりましたが、これは決して写実の意味ではありませんよ。話の筋をわかりやすくするための便法です。ダラダラお話ししていたのでは、ごたいくつを増すばかりだと思いますので、ほんとうの要点だけをつまんでいるのですよ。むろん、こんな簡単な会話で、わたしの探り出そうとしていたことがわかろうはずはありません。そのときのわたしたちの会話は、たっぷり一時間もかかったのですからね。

 で、つまり、その朝万右衛門さんは、食事もしないで出かけたのだそうです。秋の四時といえば、夜中ですから、それももっともなわけではありますがね。まあ、こういうふうにして、聞きたいだけのことをすっかり聞いてしまいました。わたしはドキドキしながら、手に汗を握って、この奇妙な質問を続けていたのです。わたしの組み立てた途方もない妄想《もうそう》が的中するかどうかと、まるで一《いち》か八《ばち》かのサイコロでも振るような気持ちでしたよ。ところが、どうでしょう。その晩の様子を聞けば聞くほど、わたしの妄想《もうそう》はだんだん現実の色を濃くしてくるではありませんか。

「すると、奥さんは、あの夕方から翌朝までのあいだ、ご主人の顔を、はっきりごらんなすったことは一度もないわけですね。また、話らしい話もなさらなかったのですね」

 わたしがいよいよ最後の質問を発しますと、絹代さんは、しばらくのあいだその意味を解しかねてぼんやりしていましたが、やがて徐々に表情が変わっていきました。それはまるで、お化けにでも出くわしたような無残な恐怖でした。

「まあ、何をおっしゃつてますの? それはいったい、どういう意味ですの? 早く、早く、訳を聞かせてください」

「では、奥さんは自信がないのですね。あれがはたしてご主人だったかどうか」

「まあ、いくらなんでも、そんなことが……」

「しかし、はっきり顔をごらんなすったわけではないでしょう。それに、あの晩にかぎって、ご主人はどうしてそんなに無口だったのですか。よく考えてごらんなさい。夕方から朝までですよ。そのあいだ一度も話らしい話もしない一家の主人なんて、あるものでしょうか。書斎にとじこもっていらっしたあいだは別としても、それからあと出発されるまでには、留守中いいおくこととか、なんかお話があるべぎじゃないでしょうか」

「そういえば、ほんとうに無口でしたわ。旅立ちの前に、あんなに無口であったことは、 一度もありませんでしたわ。まあ、わたし、どうしましょう。これはいったい、どうしたということでしょう。気が違いそうですわ。早く、ほんとうのことをおっしゃつてください。早く:・:・」

 絹代さんのこのときの驚きと恐れとが、どのようなものであったか、あなたにもじゅうぶん想像がつくと思います。さすがにわたしも、そこまでは突っ込むことはできませんでしたし、絹代さんのほうでも、むろんそれに触れはしなかったのですが、もしあの晩の男が万右衛門さんでなかったとすると、絹代さんは実に女としての最大の恥辱にあったわけなのです。さいぜんも申しましたとおり、わたしの家内を通じて知ったところによりますと、その晩にかぎって、万右衛門さんの様子が、ふだんとは非常に違っていたというではありませんか。突然笑いだすかと思うと、また、たちまち泣ぎだしたというではありませんか。そして、その熱い涙が、絹代さんのほおを、グショグショにぬらしたというではありませんか。それを今までは、谷村さんが殺人犯人であるために気が転倒していたのだ、あの涙は奥さんとの訣別《けつぺつ》の涙だったのだと、きめてしまっていましたけれど、もしその人が万右衛門さんでなかったとすれば、あのしつような抱擁も、笑いも、涙も、まったく別な、非常にいまわしい意味を持ってくるではありませんか。

 そんなばかばかしいことが起こるものだろうか。あなたはきっと、そうおっしゃるでしょうね。しかし、昔からずば抜けた犯罪者たちは、まったくありそうもないことを、不可能としか思われぬことをやすやすとやってのけたではありませんか。それでこそ、かれらは犯罪史上に不朽の悪名を残すことができたのではありませんか。

 絹代さんの立場は、ただ不幸というほかにことばはありません。そういう思い違いをしたとしても、決してあの人の罪ではないのです。犯人の思いつきがあまりにも病的で、常軌を逸していたのです。あらゆる物質が慣性とか惰力とかいう奇妙な力に支配されているように、人間の心理にもそれと似たカが働いています。書斎にすわりこんで調べものをしている人は、もしその着物が同じで、うしろ姿がそっくりであったとしたら、主人に違いないと思い込んでしまうのです。書斎にはいるまでは確かにその人だったのですから、別の事情が生じないかぎり-ーそして、その別の事情は生じてはいたのですが、ずっとのちになって、はじめてわかったのです1書斎から出て来た人も主人だと思い込むのに、なんの無理がありましト圦う。それから寝室、朝の出発、すべてはこの錯覚の継続でした。大胆不敵のくせものは、同時にまた、はなはだ細心でありまして、そこには電灯の故障というような微妙なトリックまで用意されていました。絹代さんの話によれば、あとで電灯会社の人を呼んで、調べてもらいますと、故障でもなんでもなく、どうしてはずれたのか、いつの問にやら大もとのスイッチのふたが開いて、電流が切れていたのだということです。つまり、くせものは、皆の寝静まっている問に台所へ行って、鴨居《かもい》の上にあるスイッチ箱のふたを開いておぎさえすればよかったのです。普通の家庭では、大もとのスイッチのことなどいっこう注意しないものですから、あわただしい出発の際に、女中たちがそこまで気のつくはずはないと、チャンと計算を立てていたのに違いありません。

「では、では、あなたは、あれが主人でないとすると、いったいだれだったとおっしゃるのですか」

 やっとしてから、絹代さんが泣きそうな声でおそるおそる尋ねました。

「びっくりなすってはいけませんよ。ぼくの想像が、当たっているとすれば、いやいや、想像ではなくて、もうほとんどまちがいのない事実ですが、あれは琴野宗一だったのです」

 それを聞くと、絹代さんの美しい顔が、子どもが泣きだすときのように、キユッとゆがみました。

「いいえ、そんなはずはありません。あなたは何をいっていらっしゃるのです。夢でもごらんなすったのですか。琴野さんはああして殺されたではありませんか。殺されたのがあの日の夕方だというではありませんか」

 絹代さんにしてみれば、わらにもすがりついて、この恐ろしい考えを否定したかったのに違いありません。

「いや、そうではないのです。あなたには実になんともいいようのないほどおきのどくなことですが、殺されたのは琴野さんではなくて……琴野さんの着物を着せられた谷村さんだったのですよ。ご主人だったのですよ」

 わたしはとうとう、それを言わねばなりませんでした。絹代さんはほんとうにかわいそうでした。行くえ不明にもせよ、谷村さんがこの世のどこかのすみに隠れていたとすれば、どうしたことで再会できぬともかぎらないのですが、そうではなくて、谷村さんこそ被害者1あのはぜたザクロみたいにむごたらしく殺されていた当人だとすると、たとい、夫は恐ろしい殺人者ではなかったのだという気休めがあるにもせよ、悲痛の情はいっそう切実に迫ってくるに違いありませんからね。そのうえ、さらにさらに残酷なことは、一晩だけ夫に化けた男が、谷村家にとっては累代《るいだい》の仇敵《きゆうてき》、夫の万右衛門さんが蛇蝎《だかつ》のごとくいみきらっていた男、いや、そんなことはまだどうでもいいのです。なによりも恐ろしいのは、それが万右衛門さんを殺害したーむりやり硫酸を飲ませて殺害した当の下手人であったということでした。女として、妻として、ほとんど耐えがたい事がらではないでしょうか。

「わたし、どうにも信じきれません。それには何か確かな証拠でもありますの? どうか、なにもかもおっしゃつてくださいまし。わたしはもう覚悟しておりますから」

 絹代さんはまったく色を失ったカサカサのくちびるで、かすかにいうのでした。

「ええ、おきのどくですけれど、確かすぎる証拠があるのです。この日記帳とタバコ入れに残された指紋は、さっきも確かめましたとおり、ご主人の谷村さんのものにまちがいないのですが、その指紋とあのG町のあき家で殺されていた男の指紋とが、ピッタリ一致するのですよ」

 そのころ愛知県には、まだ索引指紋設備はなかったのですが、この事件の被害者は、なにしろ顔がめちゃめちゃになっていて、容易に身元が判明しそうもなかったものですから、万一東京の索引指紋にある前科者であった場合を考慮して、ちゃんと指紋をとっておいたのでした。当時駆けだしの刑事巡査で、しかも探偵小説好きのわたしのことですから、指紋などにも特別の興味を持っていました。その被害者の指紋を、一つ一つ、ハンブルヒ指紋法でもって分類してみたほどです。といっても、細かい隆線《りゆうせん》の特徴をことごとく記憶しているなんてことはできるものではありませんが、この被害者の右の拇指紋《ぼしもん》にかぎって、特に覚えやすいわけがあったのです。それは乙種|蹄状紋《ていじようもん》  といいますのは、ひずめ型の隆線が小指のがわから始まって、また小指のほうへもどっているあれですね。その乙種蹄状紋の、外端と内端とのあいだの線が、ちょうど七本でして、索引の値でいえば3に当たるのです。しかし、それだけでは別に覚えやすくもなんともありませんけれど、その七本の隆線を斜めによぎって、ごく小さな切り傷のあどがついていたのですよ。同じ乙種蹄状紋で、同じ値で、同じ型の傷あとのある指が、この世に二つあろうとは考えられません。つまり、この指紋こそ、G町のあき家で死んでいた男が、琴野氏ではなくて谷村さんであったという、動かしがたい確証ではありますまいか。むろん、あとになって、わたしは日記帳の指紋とM署に保存してあった被害者のそれとを、綿密に比較してみましたが、二つはまったく一分一厘違っていないことが確かめられました。

 わたしが、この驚くぺき発見と推理とを、上官に対して詳細に報告したのは申すまでもありません。そして、このたった一つの指紋から、すでに確定的になっていた犯人推定が、まったく逆転し、当局者はもちろん、あの地方の新聞読者を心底からぎょうてんせしめたことも、また申すまでもありません。まだ若かったわたしは、この大てがらを、もう有頂天になって喜ばないわけにはいきませんでした。

 こんなふうにお話ししますと、被害者が琴野でないことは最初からわかっていたではないか、硫酸のために顔形が見分けられないということを、どうして疑わなかったのか。そういうトリックは、探偵小説などにはザラにあるではないかと、われわれのうかつをお笑いなさるかもしれませんね。ですが、それは検事局にしろ、警察にしろ、最初一応は疑ってみたのです。ところが、この犯罪にはそういう疑いをまったく許さないような、 一度は疑っても、たちまちそれを忘れさせてしまうような、実に巧妙大胆な、もう一つの大きなトリックが、ちゃんと用意されていたのでした。といいますのは、谷村家の書斎での、あのずば抜けた人間すり替えの芸当によって、当の被害者の奥さんをまんまとわなにかげて、万右衛門さんは少なくとも殺人事件の翌朝までは生きていた、その人が被害者であるはずはない、と信じさせてしまったことです。絹代さんの証言によって、あの夕方、問題のあき家で谷村、琴野両氏が出会ったことは、想像に難くはないのです。そしてその一方の谷村さんが生ぎ残っていたとしたら、前後の事情から考えて、被害者は琴野氏のほかにはないということになるではありませんか。このふたりは背格好もほとんど同じでしたし、頭はどちらも短い五分刈りにしていたのですし、着物を着替えさせて顔をつぶしてしまえば、ほとんど見分けがつきはしないのです。そのうえに、当の万右衛門さんはちゃんと生きていたことになっているのですから、絹代さんが現場に出向いてー犯人にはそれがいちばん恐ろしかったに違いありませんー死人のからだを検分するという危険なども、起こりようがないのでした。実に何から何まで、うまいぐあいに考え抜いてあったではありませんか。しかし、探偵小説の慣用旬を使いますと、犯人にはたった一つ手抜かりがあったのです。つまり、せっかく顔をつぶしながら、その顔よりももつと有力な個人鑑別の手がかりである指絃をつぶしておかなかったことです。ある探偵小説家の口調をまねれば、この事件では、指紋というものが、琴野氏の盲点にはいっていたというわけです。

 それにしても、まあなんとよく考えた犯罪でしたろう。琴野氏はこの一挙にして、先祖累代の怨敵《おんてき》を思うぞんぶん残酷なーー残酷であればあるほど、かえってけんぎを免れるためにはこうつごうだったのですー残酷な手段でなぎものにすると同時に、年来あこがれの恋人と、たとい一夜にもせよ、夫婦のように暮らし、それがまた、罪跡をくらます最も重要な手段であろうとは、なんといううまい思いつぎだったのでしょう。そして、第三に、金庫の中の通帳を盗み出すことによって、赤貧《せきひん》の身がたちまち大金持ちになれたのではありませんか。つまり、一石にして三鳥という、まるでおとぎぱなしの魔法使いかなんぞのような手ぎわでした。今になって考えてみますと、犯罪の少し前、琴野氏が、日ごろの恨みを忘れたように、ノメノメと谷村家へ出入りをしましたのは、ただ絹代さんの顔が見たいばかりではなかったのです。谷村さん夫婦の習慣だとか、家の間取りだとか、金庫の開ぎ方だとか、実印の所在だとか、電灯のスイッチのありかまでも、すっかり調べあげておくためだったに違いありません。そして、その金庫の中へまとまった会社創立資金が納められるのを待って、かつは谷村さんが上京するという、ちょうどその夕方を選んで、いよいよ事を決行したのだと考えます。

 琴野氏の犯行の経路などは、あなたには蛇足《だそく》でしょうと思いますが、探偵小説などの手法にならって、簡単に申し添えておきますと、まず硫酸のびんを用意して、あき家に待ち伏せ、谷村さんがはいって来ると、いぎなり手足をしばり上げて、あの無残な罪を犯したのです。それから、しばったなわを一度ほどいて、すっかり着物を取り替え、ふたたびもとのなわ目の上を縛りつけておいたのでしょう。そうして、谷村さんになりすました琴野氏は、硫酸のあきびんをどっかへ隠したうえ、通行者に見とがめられぬよう、細心の注意を払って、案内知ったしおり戸から、谷村家の書斎にこもってしまった、というわけなのです。それからのちの順序は、さいぜん詳しくお話ししたのですから、もう付け加えることはないと思います。

 これで硫酸殺人事件のお話はおしまいです。どうも、たいへん長話になってしまって恐縮でした。あなたにはご迷惑だったかもしりませんが、でも、こうしてお話しさせて、いただいたおかげで、当時のことをありありと思い出すことができました。さっそくわたしの『犯罪捜査録』に書きとめておくことにいたしましょう。


5

「いや、迷惑どころか、たいへんおもしろかったですよ。あなたは名探偵でいらつしゃるばかりでなく、話術家としても、どうして、たいしたものだと思いますよ。近来にない愉快な時問を過ごさせていただきました。ですが、お話は条理を尽くしてよくわかりましたが、たった一つ、まだ伺ってないことがあるようですね。それは、その琴野という真犯人が、あとになってつかまったかどうか、ということです」

 猪股氏はわたしの長話を聞き終わったとき、異様にわたしをほめたたえながら、そんなことを尋ねるのであった。

「ところが、残念ながら、犯人を逮捕することはできなかったのです。人相書きはもちろん、琴野の写真の複製をたくさん作らせて、全国のおもな警察署に配布したほどなんですが、人間ひとり隠れようと思えぱ隠れられるものとみえますね。その後十年近くなりますけれど、いまだに犯人はあがらないのです。琴野氏は、どこか警察の目の届かぬところで、もう死んでしまっているかもしれませんよ。たとい生ぎていたとしても、局に当たったわたし自身でさえほとんど忘れているほどですから、もうつかまりっこはありますまいね」

 そう答えると、猪股氏はニコニコして、わたしの顔をじつと見つめていたが、

「すると、犯人自身の自白は、まだなかったわけですね。そこには、ただあなたというすぐれた探偵家の推理があっただけなのですね」

 と、聞き方によっては、皮肉にとれるようなことをいうのである。

 わたしは妙な不快を感じて黙っていた。猪股氏は何か考えごとをしながら、はるか目の下の青黒いふちをボンヤリとながめている。もう夕暮れに近く、曇った空はいよいよ薄暗く、その鈍い光によって、地上の万物をじつとおさえつけているように感じられた。前方に重なる山々は、ほとんどまっ黒に見え、がけの下をのぞくと、薄ぼんやりとしたもやのようなものが、立ちこめていた。見る限り一|物《ぶつ》の動くものとてもない、死のような世界であった。遠くから聞こえてくる滝の響きは、何か不吉な前兆のように、わたしの心臓の鼓動と調子を合わせていた。

 やがて、猪股氏は、ふちをのぞいていた目を上げて、何か意味ありげにわたしを見た。色ガラスのメガネが、鈍い空を写してギラッと光った。ガラスを通してふたえまぶたのつぶらな目が見えている。わたしは、その左のほうだけが、さいぜんからの長いあいだ、一度もまたたきしなかったことを気づいていた。きっと義眼に違いない。別に目が悪くもないのに色めがねなんかかけているのは、あの義眼をごまかすためなんだな。意味もなくそんなことを考えながら、わたしは相手の顔を見返していた。すると、猪股氏が突然、妙なことをいいだしたのである。

「子どもの遊びのジャンケンというのをご存じでしょう。わたしはあれがうまいのですよ。ひとつ、やってみようじゃありませんか。きっとあなたを負かしてお目にかけますよ」

 わたしはあっけにとられて、ちょっとのあいだ黙っていたが、相手が子どもらしくいどんでくるものだから、少しばかりしゃくにさわって、じゃあといって、右手を前に出したのである。そこで、ジャン、ケン、ボン、ジャン、ケン、ポンと、おとなのどら声が、静かな谷に響ぎ渡ったのであるが、なるほど、やってみると、猪股氏は実に強いのだ。最初数回はどちらともいえなかったけれど、それからあとは、断然強くなって、どんなにくやしがっても、わたしには勝てないのだ。わたしがとうとうかぶとを脱ぐと、猪股氏は笑いながら、こんなふうに説明したことである。

「どうです、かないますまい。ジャンケンだって、なかなかバカにはできませんよ。この競技には無限の奥底があるのです。その原理は、数理哲学というようなものではないかと思うのですよ。まず最初『紙』を出して負けたとしますね。いちばん単純な子どもは『紙』で負けたのだから、次には、ハサミに勝つ『石』を出すでしょう。これが最も幼稚な方法です。それより少し賢い子どもは『紙』で負けたのだから、敵はきっと、自分が次に『石』を出すと考え、それに勝つ『紙』を選ぶだろう。だから、その『紙』に勝つ『ハサミ』を出そうと考えるでしょう。まずこれが普通の考え方なのです。ところが、もっともっと賢い子どもは、さらにこんなふうに考えます。最初『紙』で負けたのだから、次には自分が『石』を出すと考えて敵は『紙』を選ぶであろう。それゆえ、自分は『紙』に勝つ『ハサミ』を出そうと考えている、ということを敵は悟るに違いない。すると、敵は『石』を選ぶはずだ。だから、自分はそれに勝つ『紙』を出すのだ、とね。こんなふうにして、いつも敵より一段奥を考えていきさえすれば、必ずジャンケンに勝てるのですよ。そして、これは何もジャンケンにかぎったことではなく、あらゆる人事のかっとうに応用ができるのだと思います。相手よりも一つ奥を考えている人が、常に勝利を得ているのです。それと同じことが、犯罪についてもいえないでしょうか。犯人と探偵とは、いつでもこのジャンケンをやっているのだ、と考えられないでしょうか。非常にすぐれた犯罪者は、検事なり警察宮なりの物の考え方を綿密に研究して、もう一つ奥を実行するに違いありません。そうすれば、かれは永久にとらわれることはないのではありますまいか」

 そこでちょっとことばを切った猪股氏は、わたしの顔を見て、ニッコリと笑ったのだ。

「エドガア・ボーの『盗まれた手紙』は、むろんあなたもご存じだと思いますが、あれにはわたしのとは少し違った意味で、子どもの丁か半かの遊びのことが書いてあります。そのあとに、丁半遊びのじょうずな非常に賢い子どもに、ひけつを尋ねると、子どもがこんなふうに答えるところがありますね……相手がどんなに賢いかバカか、善人か悪人か、今ちょうど相手がどんなことを考えているかを知りたいときには、自分の顔の表情を、でぎるだけその人と同じようにします。,そして、その表情と一致するようにして、自分の心に起こってくる気持ちを、よく考えてみればよいのです、とね。デュバンは、その子どもの答えはマキヤペリやカンパネラなどの哲学上の思索よりも、もつと深遠なものだと説いていたように思います。ところで、あなたは硫酸殺人事件を捜査なさるとぎ、仮想の犯人に対して、表情を一致させるというようなことをお考えになったでしょうか。おそらく、そうではありますまい。現に今、わたしとジャンケンをやっていたときにも、あなたは、そういう点にはまったく無関心のように見えましたが……」

 わたしは相手のネチネチした長たらしい話しぶりに、非常な嫌悪《けんお》を感じはじめていた。この男は、いったい、何をいおうとしているのであろう。

「あなたのお話を伺っていますと、なんだか硫酸殺人事件でのわたしの推理がまちがっていた、犯人のほうが一段奥を考えていた、というように聞こえますが、もしやあなたは、わたしの推理とは違った別のお考えがおありなさるのではありませんか」

 わたしはつい皮肉らしく反問しないではいられなかった。すると、猪股氏は、またしてもニコニコ笑いながら こんなことをいうのである。

「そうですね。もう一歩奥を考えるものにとっては、あなたの推理をくつがえすのは、非常にたやすいことではないかと思うのです。ちょうどあなたが、たった一つの指紋から、それまでの推理をくつがえされたように、やっぱり、たったひと言で、あなたの推理をも、逆転させることができるかと思うのです」

 わたしはそれを聞くと、グッとかんしゃくがこみあげてきた。十何年というものその道で苦労してきたこのわたしに対して、なんという失礼ないい方であろう。

「では、あなたのお考えを承りたいものですね。たったひと言でわたしの推理をくつがえして見せていただきたいものですね」

「ええ、お望みとあれば。……これは、ほんのちょっとした、つまらないことなんです。あなたはこういうことが確信できますか。例の日記帳とタバコ入れに残っていた問題の指紋ですね、その指紋にまったく作為《さくい》がなかったと確信でぎるのですか」

「作為とおっしゃるのは?」

「つまりですね、当然谷村氏の指紋が残っているべき物品に、谷村氏のではなくて、別の人の指紋が、故意におされていた、ということは想像できないものでしょうか」

 わたしは黙っていた。相手の意味するところが、まだ判然とはわからなかったけれども、そのことばの中に、何かしらわたしをギョッとさせるようなものがあったのだ。

「おわかりになりませんか。谷村氏がですね、ある計画を立てて、谷村氏の身辺の品物にー目記帳とかタバコ入れとかですね、あなたはそのふた品しか注意されなかったようですが、もっと捜してみたら、ほかの品物にも同じ指紋が用意されていたかもしれませんぜーその品女に、さも谷村氏自身のものであるかのごとく、まったく別人の指紋をおさせておくということは、もしその相手がしょっちゅう谷村家へ出入りしている人物であったら、さして困難な仕事でもないではありませんか」

「それはでぎるかもしれませんが、その別人というのは、いったい、だれのことをおっしゃつているのですか」

「琴野宗一ですよ」猪股氏は少しもことばの調子を変えないでいった。

「琴野は、いちじ、しげしげと谷村家へ出入りしたというではありませんか。谷村氏は相手に疑いをいだかせないで、琴野の指紋をほうぼうへおさせることなど、少しもむずかしくはなかったのです。それと同時に、谷村氏自身の指紋が残っていそうななめらかな品物は、一つ残らず捜し出して、注意深くふきとっておいたことは申すまでもありません」

「あれが琴野の指紋……そういうことがなりたつものでしょうか」

 わたしは異様な昏迷《こんめい》に陥って、今から考えると恥ずかしい愚問を発したものである。

「なりたちますとも……あなたは錯覚に陥っているのです。あき家で殺されていたのが谷村氏であるという信仰がじゃまをしているのです。もし、あれが谷村氏でなくて、最初の推定どおり琴野であったとすれば、その死体からとった指紋は、いうまでもなく琴野自身のものです。そうすれば、日記帳の指紋に作為があって、それも同じ琴野のものだったとしても、少しも不合理はないではありませんか」

「では、犯人は?」

 わたしはつい引き込まれて、愚問を繰り返すほかはなかった。

「むろん、日記などに琴野の指紋をおさせた人物、すなわち谷村万右衛門です」

 猪股氏は、何かそれが動かしがたい事実でもあるかのごとく、かれ自身犯行を目撃していたかのごとく、人もなげに断言するのであった。

「谷村氏が金の必要に迫られていたことは、あなたにもおわかりでしょう。ムジナまんじゅうはもう破産のほかはない運命だったのです。何十万〔今の何千万〕という負債は、不動産を処分したくらいでおっつくものではない。そういうふめんぼくを忍ぶよりは、五万円〔今の二千万〕の現金を持って逃亡したほうが、どれほど幸福かしれません。しかし、それだけの理由では、どうも薄弱なようです。谷村氏は偶然琴野を殺したのではなく、前々から計画を立てて時機を待っていたのですからね。金銭のほかの動機といえばー細君をあんなひどい目にあわせて平気でいられる動機といえば・fさしずめ、女のほかにはありません。そうです、谷村氏は恋をしていたのです。しかも、他人の妻と不倫の恋をしていたのです。いずれは手に手を取って、世間の目をのがれなければならぬ運命でした。第三の動機は、むろん琴野その人に対する怨恨《えんこん》です。恋と、金と、恨みと、谷村氏の場合もまた、あなたのいわれる一石三鳥の名案だったのですよ。

「当時谷村氏の知り合いに、あなたという探偵小説好きな、実際家というよりは、どちらかといえば、むしろ空想的な膚合いの刑事探偵がありました。もし、あなたがいなかったら、かれはああいう回りくどい計画は立てなかった乙とでしょう。つまり、あなたというものが、谷村の唯一の目標だったのです。さっぎの丁半遊びの子どものように、あなたと同じ表情をして、またジャンケンの場合のように、あなたの一段奥を考えて、谷村氏はすべての計画を立てました。そして、それがまったく思うつぼにはまったのです。ずば抜けた犯罪者には、その相手役として、すぐれた探偵が必要なのです。そういう探偵がいてこそ、はじめてかれのトリックが役だち、かれは安全であることがでぎるのです。

「谷村氏にとって、この異様な計画には、常人の思いも及ばない魅力がありました。あなたもご承知のとおり、いや、あなたがお考えになっているよりもはるかにたぶんに、かれはサド侯爵の子孫でした。もう飽きてきている細君ではありましたが、あの最後の大しばいは、実にすばらしかったのです。谷村氏自身が、谷村氏に変装した琴野であるかのごとく装って、物もいわず顔も見せないように細心の注意を払いながら、ある瞬間はもう琴野その人になりきってしまって、あるいは笑い、あるいは泣ぎ、われとわが女房に世にも不思議な不義のちぎりを結んだのでした。

「あなたは、この谷村氏のサド的傾向に、もう一つの意味があったことをお気づきでしょうか。というのは、あの残虐このうえもない殺人方法です。あの方法こそ、かれのサド的な独創力を示すものではありますまいか。あなたはさいぜん、はぜたザクロといううまい形容をなさいましたね。そうです。谷村氏はそのはぜたザクロに、なんともいえない恐ろしい誘惑を感じたのでした。そして、それがかれの着想の、いわば出発点だったのです。ひとりの人間を殺して、その顔を見分けられぬほどめちゃくちゃに傷っけておくということは、何を意味するでしょうか。少し敏感な警謇なれば・そこに螫暑の穩が行なわれているに違いない、と悟るでありましょう。その被害者が、もし琴野の着物を着ていたならば、それは犯人が琴野の死がいに見せかけようとしたのであって、実は琴野以外の人物に相違ない、と信ずるでありましょう。ところが、そう信じさせることが、谷村氏の思うつぼだったのです。被害者は最初の見せかけどおり、やっぱり琴野でしかなかったのですからね。

「そういうわけですから、あの硫酸のびんも、琴野のほうで持って来たのではなく、谷村氏が前もって買い入れておいて、あき家に携えて行ったのです。そして、仕事をすませた帰り道、道ばたのどぶ川の中へ投げ込んでしまったのです。それからが、あのおしばいでした。谷村氏が、谷村氏に化けた琴野になりすまして、谷村氏自身の書斎へ、まるで他人のへやへ忍び込むようにして、ビクビクしながらはいって行ったのです」

 わたしは猪股氏のまるで見ていたような断定に、あきれはててしまった。いったい、この男はだれなのだ。なんの目的で、こんな途方もないことをいいだしたのであろう。単なる論理の遊戯にしては、あまりに詳細をきわめ、あまりに独断にすぎるではないか。わたしが黙り込んでいるものだから、猪股氏は、また別のことをしゃべり始めた。

「さア、もうよほど以前のことですが、当時わたしの家へよく遊びに来たたいへん探偵小説好きの男があったのです。わたしはいつもその人と犯罪談を戦わせたものですが、あるとき、殺人犯人の最も巧妙なトリックは何であろう、ということが話題になって、けっきょく、わたしたちの意見は、被害者がすなわち犯人であったというトリックがいちばんおもしろい、ときまったのでした。しかし、この被害者すなわち加害者のトリックは、観念としては実に奇抜なのだけれど、具体的に考えてみると、犯人が不治の病なんかにかかっていて、どうせない命だからというので、他殺のごとく見せかけて自殺をし、その殺人のけんぎをほかの人物にかけておく場合か、または、被害者が数人ある殺人事件で、その被害者の中に犯人がまじっていて、犯人だけは生命に別状のない重蕩を受けーつまり、みずから傷つけてーけんぎを免れるという場合などがおもなもので、ぞんがい平凡ではないか、という意見が出たのです。わたしは、いや、そうではない、それは犯人の知恵がまだ足りないので、すぐれた犯罪者なれば被害者すなわち加害者のトリックだつて、もっと気のきいたものを案出するに違いない、,と主張したものでした。すると、そのわたしの友だちは、われわれが今こうして考えてみても、思い浮かばないのだから、そういうトリックがありそうに思われぬ、というのです。いや、そうではない、きっとあるに違いない。いや、あるはずがないと、まあたいへんな論争になったのですが、そのおりのわたしの主張が、ここで立証されたわけではないでしょうか。つまりですね、硫酸殺人事件では、指紋の作為と、あの夕方から朝までの思いきった変身のトリックによって、被害者は谷村氏に違いないと、この長の年月確信されていたのですが、今申したわたしの推理が正しいとしますとーそして、それは正しいにきまっているのですがー;真犯人は意外にも、被害者と推定された谷村氏その人ではなかったですか。被害者がすなわち犯人だったではありませんか。

「いくらうまいトリックを用いたからといって、いったい、ひとりの男が他人の細君の夫に化けて、その細君と一夜を過ごすなんて放れわざが現実に行なわれうるものでしょうか。小説的には実にこのうえもなくおもしろい着想ですし、そしてあなたなどは、この着想にたちまち誘惑をお感じなすったに違いないと思うのですけれど……」

 この話を聞いているうちに、わたしの心に、何か非常に遠い、かすかな記憶がよみがえってくる感じがした。どうも、わたしにもそれと同じ経験があるように思われるのだ。だが、猪股氏はまったく初対面の人である。そのときのわたしの話し相手がこの猪股氏でなかったことは確かだ。では、あれはいったいだれだったのかしら。わたしはお化けを見ているような気がした。何かモヤモヤした大きなものが、目の前に立ちふさがっている。そいつは、ゾッとするほど恐ろしいやつに違いないのだが、しかし、もどかしいことには、どうしてもはっきりした正体がつかめないのだ。

 そのとき、猪股氏はまたしても、実にとっぴなことを始めたのである。かれはことばを切って、しばらくわたしの顔をながめていたが、何かチラと妙な表情をしたかと思うと、いきなり両手を口のあたりに持っていって、ガクガクと二枚の総入れ歯を引き出してしまった。すると、そのあとに、八十歳のおばあさんの口が残った。つまり、入れ歯という支柱がなくなったものだから、鼻から下が極度に縮小されて、顔全体がおしつぶしたちょうちんのようにペチャンコになってしまったのである。

 冒頭にもしるしたとおり、猪股氏は禿頭《とくとう》ではあったげれど、それがたいへん知識的に見えたのだし、そのうえ、高い鼻と、哲学者めいた三角型のあごひげがふぜいを添えて、なかなかの好男子であったのだが、そうしてお座のさめた総入れ歯をはずすと、いったい人間の相好がこんなにまで変わるものかと思われるほど、みじめな顔になってしまった。それは歯というものを持たない八十歳のおばあさんの顔でもあれば、また同時に、生まれたばかりの赤ん坊のあのしわくちゃな顔でもあった。

 猪股氏はそのひらべったい顔のまま、色めがねをはずし、両目をつむって、力ないくちびるをペチャペチャさせながら、非常に不めいりょうなことばで、こんなことをいうのであった。

「ひとつ、よくわたしの顔を見てください。まず、このわたしの目を、ふた・兄まぶたではないと想像してごらんなさい。まゆ毛をグッと濃くしてごらんなさい。また、この鼻をもう少し低くして考えてごらんなさい。それからひげをなくしてしまって、そのかわりに、頭に五分刈りの濃い髪の毛を植えつけてごらんなさい……どうです、わかりませんか。あなたの記憶の中に、そういう顔が残ってはいませんかしら」

 かれは、さア見てくださいという格好で、顔を突き出し、目をとじてじつとしていた。

 わたしはいわれるままに、しばらくその架空の相貌《そうぽう》を頭の申に描いていたが、すると、写真のピントを合わせるように、そこに実に意外な人物の顔が、ポーッと浮き上がってきた。ああ、そうだったのか。それなればこそ、猪股氏はあんな独断的な物のいい方をすることができたのか。

「わかりました。わかりました。あなたは谷村万右衛門さんですね」

 わたしはつい叫び声を立てないではいられなかった。

「そう、ぼくはその谷村だよ。きみにも似合わない、少しわかりがおそかったようだね」

 猪股氏、いや谷村万右衛門さんは、そういって、低い声でフフフフフと笑ったのである。「ですが、どうしてそんなにお顔が変わったのです。ぼくにはまだ信じきれないほどですが…・.・」

 谷村さんは、それに答えるために、また入れ歯をはめて、めいりょうな口調になって話しだした。

「ぼくは確か、あの時分、変装についても、きみと議論をしたことがあったと思うが、その持論を実行したまでなのだよ。ぼくは銀行から五万円を引き出すと、ちょっとした変装をして、さっきもいったある人の妻と、すぐ上海《シヤンハイ》へ高飛びしたのだ。きみの話にもあったとおり、あれが琴野の死がいだということは、まる二日《ふつか》のあいだわからないでいたのだから、ぼくはほとんど危険を感じることはなかった。ぼくというものが一応疑われだした時分には、ふたりはもう朝鮮にはいって、長いたいくつな汽車の中にいたのだよ。ぼくは海の旅を恐れたのだ。汽船というやつは、犯罪者にはなんだかオリのような気がして、にがてなものだね。

「ぼくたちは上海のあるシナ人のへやを借りて、一年ほど過ごした。ぼくの感情については、立ち入ってお話しする気はないけれど、 ともかく、 非常に楽しい一年であったことはまちがいない。絹代は普通の意味で美しい女ではあったけれど、ぼくとは性分が合わないのだ。ぼくは明子《あきこ》みたいなーそれがぼくといっしょに逃げた女の名だがねi明子みたいな陰性の妖婦《ようふ》が好みだよ。ぼくはあれに心底から恋していた。今でもその気持ちはちっとも変わらない。できることなら、変わってほしいと思うのだけれど、どうしてもダメだ。

「その上海にいるあいだに、万一の場合を考えて、大がかりな変装を試みたのだ。顔料を使ったり、つけひげやかつらを用いる変装は、ぼくにいわせれば、ほんとうの変装じゃない。ぼくは谷村という男をこの世から抹殺《まつさつ》してしまって、まったく別の新しい人間をこしらえ上げようと、執念深く、徹底的にやったのだ。上海にはなかなかいい病院がある。たいていは外人が経営しているんだが、ぼくはそのうちから、なるべくつこうのいい歯科医と、眼科医と、整形外科の医者を別々に選んで、根気よく通ったものだ。まず、人一倍濃い頭の毛をなくすることを考えた。毛をはやすのはむずかしいけれど、抜くのはわけないのだよ。脱毛剤でさえなかなかよくきくのもあるくらいだからね。ついでに、まゆ毛をグッと薄くしてもらった。次に鼻だ。きみも知っているように、いったい、ぼくの鼻は、低いうえにあまり格好がよくなかった。それをぞうげ手術でもって、こんなギリシャ鼻に作り上げてしまったのだよ。それから、顔の輪郭を変えることを考えた。なあに、別にむずかしいわけではない、ただ、総入れ歯を作ればいいのだ。ぼくはいったい受け口で、歯並みが内側のほうへ引っ込んでいた。それに、むし歯が非常に多かった。そこで、さっぱりと全部の歯を抜いてしまって、やせた歯ぐきの上から、前とは正反対に厚い肉のぞっ歯の総入れ歯をかぶせたのだ。そうすると、きみが今見ているように、相好がまるで変わってしまう。この入れ歯を取ったときに、はじめてきみはぼくの正体を認めたくらいだからね。それから、ひげをたくわえたのは、ごらんのとおりだが、残っているのは目だ。目というやつが、変装にとつてはいちばんやっかいなしろものだよ。ぼくはまず、ひとえのまぶたをふたえまぶた、にする手術を受けた。これはごく簡単に済んだけれど、どうもまだ安心はできない。絶えず眼病を装って、黒いめがねをかけて隠していようかとも思ったが、それもなんだかおもしろくない。うまい方法はないかしらんといろいろ考えた末、ぼくは一方の目の玉を犠牲にすることを思いついた。つまり義眼にするのだ。そうすれば色めがねをかけるのに、義眼を隠すためという口実がつくし、目そのものの感じもまるで変わってしまうに違いないからね……というわけだよ。つまり、ぼくの顔は何から何まで人工の作りものなんだ。そして、谷村万右衛門の生命は、ぼくの顔からまったく消え失せてしまったのだ。しかし、この顔はこの顔で、また見捨てがたい美しさを持っていると思わないかね。明子なんかは、よくそんなことをいって、ぼくをからかったものだが:…・」

 谷村さんはこの驚くべぎ事実を、なんでもないことのように説明しながら、右手を左の目の前に持っていくと、いぎなり、その目の玉を、おわんをふせたようなガラス製の目の玉を、えぐり出してみせたのである。そして、それを指先でもてあそびつつ、ポッカリと薄黒くくぼんだ眼窩《がんか》を、わたしのほうへまともに向けて、ことばを続けた。

「そうして谷村という人間をすっかり変形してしまってから、ぼくたちは相携えて日本へ帰ってきた。上海もいい都だけれど、日本人にはやっぱり故郷が忘れられないのでね。そして、ほうぼうの温泉などを回り歩きながら、まったく別世界の人間のように暮らしてきたものだ。ぼくたちはね、十年に近い月日のあいだ、世界にたったふたりぼっちだったのだよ」

 片目の谷村さんは、何か悲しそうにして、深い谷を見おろしていた。

「しかし、不思議ですね、ぼくはそんなこととは夢にも知らず、きょうにかぎって硫酸殺人事件のお話をするなんて……虫が知らせたというのでしょうか」

 わたしはふとそこへ気がついた。偶然とすれば、こわいような偶然であった。

「ハハハハハ」すると谷村さんは低く笑って、

 「きみは気がついていないのだね。偶然ではないのだよ。ぼくがあの話をさせるようにしむけたのさ。ほら、この本だよ。きょうここへ来る道で、きみとこの本の話をしたっけね。あれはつまり、ぼくがきみに硫酸殺人事件を話させる手段だったのだよ。きみはさっき、このペントリーの『トレント最後の事件』の筋を忘れてしまったといったが、実は忘れきったのではなくて、きみの意識の下に、ちゃんとその記憶が保存されていたのだよ。 『トレント最後の事件』には、犯人が自分が殺した人物に化けすまして、その人の書斎にはいって、被害者の奥さんを欺瞞《ぎまん》するとい.う公式のトリックが使用されている。それと、きみが解決したと思い込んでいた硫酸殺人事件とは、まったく同じ公式によるものではないか。だから、この本の表題を見ると、きみは無意識の連想から、あの話がしたくなったというわけなのだよ。この本に見覚えはないかね。ほら、ここだ。ここに赤鉛筆で感想が書き入れてあるね。この字に見覚えはないかね」

 わたしは本の上に顔を持っていって、その赤い書き入れを見た。そして、たちまち、その意味を悟ることができた。わたしはすっかり忘れていたのだ。実に古い古いことであった。そのころまだ薄給の刑事だったわたしは、好きな探偵小説も思うように買うことができなかったので、谷村万右衛門さんのところへ行っては、新着の探偵本を借りたものだが、このベントリーの著書は、その中の一冊だった。わたしはそれを読んだあとで、欄外に感想を書き入れたことを思い出す。赤鉛筆の字というのは、わたし自身の筆跡であったのだ。

 谷村さんは、それっきり話が尽きたように黙りこんでしまった。わたしも黙っていた。黙ったまま、ある解きがたいなぞについて思いふけっていた。……谷村さんとわたしとの、この計画的な再会には、いったいぜんたい、どういう意味があったのだろう。谷村さんはせっかくあれほど苦心して刑罰をめがれておきながら、今になって、警察官であるわたしに、それをすっかりざんげしてしまうなんて、その裏にはどんな底意が隠されているのだろう。ああ、ひょっとしたら谷村さんはとんでもない思い違いをしているのではないかしら。この犯罪はまだ時効は完成していないのだ。それを年月の誤算から、時効にかかったものと信じきっているのではあるまいか。そして、わたしがいたけだかになって逮捕しようとするのを、またしても嘲笑《ちようしよう》する下心ではあるまいか。

「谷村さん、あなたはどうして、そんなことを、ぼくにうち明けなすったのです。もしや、あなたは時効のことをお考えになっているのではありませんか」

 わたしが急所を突いたつもりで、それをいうと、谷村さんは別に表情を変えもせず、ゆっくりした口調で答えた。

「いや、ぼくはそんなひきょうなことなんか願ってやしない。時効の年限なんかも、ハッキリ知らないくらいだよ……なぜ、きみにこんな話をしたかというのかね。それはぼくの体内に流れている、サド侯爵の血がさせたわざだろうよ。ぼくは完全にきみに勝ったのだ。きみはまんまと、ぼくのわなにかかったのだ。それでいて、きみがそのことを知らない、うまい推理をやったつもりで得意になっている。それがぼくには心残りだったのだよ。きみにだけは『どうだ、参ったか』と、ひと言いい聞かせておきたかったのだよ」

 ああ、そのために、谷村さんはこうした底意地のわるい方法をとったのだな。しかし、その結果は、どういうことになるのだ。はたして、わたしは負けっきりに負けてしまわねばならないのだろうか。

「確かにほくの負けでした。その点は一言もありません。ですが、そういうことを伺った以上は、わたしは警察官として、あなたを逮捕しないわけにはいきませんよ。あなたはわたしを打ち負かして痛快に思っていらっしゃることでしょうが、しかし、 一方からいえば、あなたはぼくに大てがらをさせてくだすったのです。つまり、ぼくはこうして、前代未聞《ぜんだいみもん》の殺人鬼を捕縛するわけですからね」

 いいながら、わたしはいきなり相手の手首をつかんだものである。すると、谷村氏は、非常に強い力でわたしの手を振り離しながら、

「いや、それはダメだよ。ぼくたちは昔よく力比べをやったじゃあないか。そして、いつもぼく
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のほうが勝っていたじゃあないか。ひとりとひとりでは、きみなんかに負けやしないよ。きみはいったい、ぼくがなぜこういう寂しい場所を選んだかということを気づいていないのかね。ぼくはちゃんとそこまで用意がしてあったのだよ。もしきみが、しいて捕えようとすれば、この谷底へつき落としてしまうばかりだ。ハハハハハ。だが、安心したまえ、ぼくは逃げやしない。逃げないどころか、きみの手をわずらわすまでもなく、自分で処決してお目にかけるよ。ー実はね、ぼくはもうこの世に望みを失ってしまったのだ。生きていることには、なんの未練もありはしないのだよ。というわけはね、ぼくのたった一つの生きがいであった明子が、ひと月ばかり前に、急性の肺炎で死んでしまったのだ。その臨終の床で、ぼくもやがて彼女のあとを追って、地獄へ行くことを約束したのだよ。ただ一つの心残りは、きみに会って事件の真相をお話しすることだった。そして、それも今はたしてしまった。……じゃ、これでお別れだ……」

 その、オ、ワ、カ、レ、ダ      という声が、矢のように谷底に向かって落下していった。谷村氏はわたしの不意を突いて、はるか目の下の青黒いふちへ飛び込んだのであった。

 わたしは息苦しくおどる心臓を押えて、断崖《だんがい》の下をのぞき込んだ。たちまち小さくなっていく白いものが、トボンと水面を乱したかと思うと、静まり返ったふちの表面に、大きな波の輪が、いくつもいくつもひろがっていった。そして、 一瞬間、わたしの物狂おしい目は、その波の輪の中に、非常に巨大な、まっかにはぜ割れた一つのザクロの実を見たのであった。

 やがて、ふちはまたもとの静寂にかえった。山も谷ももう夕もやに包まれはじめていた。目路のかぎり動くものとて何もなかった。あの遠くの滝の音は、千年万年変わりないリズムをもって、わたしの心臓と調子を合わせ続けていた。
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 わたしはもうその岩の上を立ち去ろうとして、ゆかたの砂を払った。そして、ふと足もとに目をやると、そこの白くかわいた岩の上に、谷村さんのかたみの品が残されていた。青黒い表紙の探偵小説、探偵小説の上にチョコンと乗っかっているガラスの目玉、その白っぽいガラスの目玉が、どんよりと曇った空を見つめて、何かしら不思議な物語をささやいているかのごとくであった。                        (『中央公論』昭和九年九月号)
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