木々の間からのぞく空が、薄紫に染まりつつあった。
日が暮れる。ぼんやりとステラはそのことを悟った。視線を戻す。
目の前には、彼女より頭1つ分近く大きいシャニの背中が黙々と歩いている。
目の前には、彼女より頭1つ分近く大きいシャニの背中が黙々と歩いている。
この背が振り返ったのは、まだたったの2回だけだ。すなわち最初の奇襲から逃れて安全圏まで駆け通した後と、営地に戻るべく歩いている途中にステラが転んだ後と、である。
会話はない。最初に会った時と同じく、話すことがないので、ない。
彼は、一度目に振り返った時に「戻るぜ」と言ったきり、とても無口だった。
どこへ戻る、などという問いは流石にステラでも分かる、愚問だ。
仲間とはぐれた自分達が戻るべきところは営地しかない。つまり、撤退中なのだ。
それも本来なら、もうとっくの昔に帰り着いていても良い刻限である。
仲間とはぐれた自分達が戻るべきところは営地しかない。つまり、撤退中なのだ。
それも本来なら、もうとっくの昔に帰り着いていても良い刻限である。
無論、それが叶っていないのは、自分達に遠回りを強いている要因があったためだ。
「ストップ」
唐突に呟いてシャニが立ち止まる。制するように伸ばされた彼の腕越しに、向こう側を覗き込んで隻眼の行方を追ったステラは、思わず眉を寄せた。
そのまま音もなく物陰に隠れようとするシャニに合わせて、彼女も後退する。
彼の視線の先には、森林にまぎれて、ぽつぽつと人工的な迷彩柄が見え隠れしていた。
彼の視線の先には、森林にまぎれて、ぽつぽつと人工的な迷彩柄が見え隠れしていた。
敵だ。テロリスト。それが数名。しきりに四方を見回しているので、恐らく哨戒だろう。
「……また居る。あっちは無理?」
いささかげんなりして、ステラはごく小声で訊ねた。
「だろ。この道も駄目だね」
シャニが軽く肩をすくめた。
ステラは少し落胆して俯いた。
ステラは少し落胆して俯いた。
道、とシャニは言うが、実際のところステラたちが歩いてきたのは獣道とも呼べないような悪路である。普段ほとんど人の手が入らないという樹海ゆえに、
所々に残るやぶ払いの跡を辿り続けて――そうすれば少なくとも人間が居る場所には出られる筈だからだ――いるのだが、また外れであったらしい。
所々に残るやぶ払いの跡を辿り続けて――そうすれば少なくとも人間が居る場所には出られる筈だからだ――いるのだが、また外れであったらしい。
要するに、彼女達は迷っていたのである。
このまま進んで見つかる訳にもいかないので、2人して来た道を引き返し始める。
はぐれたのも確かにまずかったが、それ以上に方位磁石を持っていなかったのが致命的だった。地図はあるのだが、それと現在位置を照らし合わせることができない。
頬にへばりついた葉を拭って、ステラは控えめに嘆息した。
流石に少し疲れていた。肉体的にではなく精神的に。
流石に少し疲れていた。肉体的にではなく精神的に。
すると、シャニが背中越しにこちらを振り返った。
「……疲れた?」
一瞬、ステラはそれが自分に向けられたものだと気付かなかった。
シャニがじっとこちらを見ているので、ようやく彼の意図を理解して、頭を振る。
「う、ううん」
少しどもったのは、驚いていたからだ。そんなふうに気にされることには、慣れていない。
というより、そんなことを気にする人間に慣れていない。
というより、そんなことを気にする人間に慣れていない。
シャニは、ステラの反応を隻眼でじっと見ていたが、やがて興味を失したように「そう」とだけ呟いて、またこちらに後頭部を向けた。
「ならいいけど」
それきり、再び黙り込む。
ステラ自身、さして口数が多いたちではないので、別にその沈黙が苦になる訳ではないが――何となく、こういうものは珍しい、と彼女は思った。
アウルはもっとやかましいし、スティングも彼よりはもう少し賑やかだ。
普段と異なる状況をステラが不思議に感じていると、不意にまたシャニが立ち止まった。
普段と異なる状況をステラが不思議に感じていると、不意にまたシャニが立ち止まった。
「わ」
ぼんやりしていたので、思わず勢いあまってステラはその背にぶつかった。
訝しみながら、その肩越しに向こうを見やると、またあの迷彩柄がうごめいていた。
「……え? どうして?」
シャニは無言のまま、やぶの中へ入るように彼女を促した。
それに黙って従いながら、ステラは考えた。
流石に先程の場所へ戻ってきた、ということではないだろう。引き返してきた先にも敵がいるということは、あれらはまた別の場所からあそこへ移動してきたのだ。
つまりは、
流石に先程の場所へ戻ってきた、ということではないだろう。引き返してきた先にも敵がいるということは、あれらはまた別の場所からあそこへ移動してきたのだ。
つまりは、
「別働隊……?」
「じゃねえの。――でもおかしいな」
「じゃねえの。――でもおかしいな」
樹木に背をつけて様子を窺いながら、シャニがそんなことを呟いた。
それきり続きを話し出す様子がないので、顔中に疑問符を浮かべてステラは訊き返した。
それきり続きを話し出す様子がないので、顔中に疑問符を浮かべてステラは訊き返した。
「何が?」
シャニがこちらへ顔を向ける。額に上げられたままの熱感知スコープが光った。
彼は肩から下げていたサブマシンガンを下ろすと、それをステラに差し出しながら答えた。
彼は肩から下げていたサブマシンガンを下ろすと、それをステラに差し出しながら答えた。
「数が多すぎる。敵陣のど真ん中でもなきゃ、こうはいかない」
ステラは目を瞬かせて、それとシャニの顔とを見比べた。
使え、ということだろうか。確かにステラの45口径――それも元はといえば彼の持ち物だが――は最初の襲撃の時にシャニの手に渡ったままで、彼女自身はほぼ丸腰だ。
固まっていると、流石に顔をしかめてほら、とシャニが催促をしたので、ステラは慌てて機銃を受け取った。
「……どうするの?」
見上げるようにして訊くと、シャニはマイペースに45口径の弾倉を確認しながら答えた。
「逃げるだろ。集まって来られたら、流石に勝ち目ねえし」
当たり前だろう、と言外に含ませた物言いである。それもそうだ、とステラは妙に納得して頷いた。違和感を覚えたのは、恐らく比較対象がアウルだからだろう。
もっとも、ステラにはそのアウルと共にこんな状況に陥った経験などないのだが。
もっとも、ステラにはそのアウルと共にこんな状況に陥った経験などないのだが。
ばちん、という音と共にシャニが45口径を再装填し終えた。
「……ほら、行くぜ。ぼさっとすんな」
「う、うん」
「う、うん」
サブマシンガンを肩に下げて、ステラは歩き出したシャニの後を追おうとした。
――その時、一度だけ振り返ってみようと思ったのは、ただの気まぐれだった。
そして勿論、そこでやぶの間からにょきりと突き出した銃口を見つけたのも偶然だった。
ステラはぞっとして絶叫した。
ステラはぞっとして絶叫した。
「シャニ! 危ない!!」
庇いに走る余裕もなく――
反射的に左右へ散開した2人の間を、銃撃が舐めるように通過した。