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30.サヨナラアーチ」(2006/03/29 (水) 00:21:29) の最新版変更点

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茂みの中から飛び出した人物が自分に飛びかかり、倒れこんだ自分に馬乗りになって自分を見下ろしている。 栗原健太(50)は、今絶対的な窮地に陥っていた。 手にしっかりと持っていたジグ・ザウエルも手から離れ、数メートル先の地面にある。 (参ったな…。飯のための魚はほしいけど…。なんであんたと会うんだよ…) 吹き飛んだ栗原は右腕から着地したため、強い痛みを右手首から肩にかけて感じていた。 (まずいな、痛めたか…) 「よぉ、まだ死んでなかったがか」 闘牛のような激しい体当たりで栗原を吹き飛ばした浅井樹(6)は、その大きい手で栗原の腕をしっかりと押さえつけ、抵抗を許さない。 「…俺は死にませんよ。絶対に生き残ります」 両者ともに力では他に負けたくない選手だけに、軽い会話を交わしながらも力と力の押し合いが続いている。 「生き残る気か?残念やったな、ファーストは俺のもんや」 「ふざけてんですか?大した実力もないくせに…」 (こいつ───!!) 浅井はその一言で激昂し、栗原の首を右手で締め付けた。 「か…はっ…」 栗原の喉の奥から、苦しそうな呻き声が弱弱しく出てきた。 ものすごい力で抑えつけられているため、力には自信のある栗原だったがその体勢から逃れられなかった。 そのカープ一太いと言っても過言ではない二の腕は伊達ではないということか。 (この人、すげぇ力…) 浅井は右手を離すと、そのままその右手で栗原の頬を殴りつけた。 「何ゆーとんがや!二度とその口聞けんようにしてやろーか!?」 左手で持った刺身包丁を栗原の眼前に持っていき、威圧する。 浅井は、完全に劣勢である栗原が、どこか余裕の感じられる目をしていたのがたまらなく気にくわなかった。 若くしてレギュラーの座を掴みつつある栗原が、いつまでもレギュラーになれない自分を見下している気さえした。 「レギュラーは俺が貰います。ファーストはアンタじゃねぇ。…俺ですよ」 栗原は咳込みながら、吐き捨てるように言った。 浅井はうつむいてしばらく沈黙すると、少しだけ顔をあげた。 口元がつりあがり、奇妙な笑みを浮かべているのが栗原には見えた。 「そうか、お前がこんなにこわくさい奴やとは思わんかったわ。そんな奴には、お仕置きしてやらんなんな…」 「…お仕置き、っすか…」 お仕置きといえば、子供の頃は何か悪い事をすると寒い中ひたすら店の周りの雪かきをさせられた。 当時は厳しい両親を恨んだものだが、今になって思えばそういう経験のおかげで強い精神力を養えたのかもしれない。 「…じゃあ、何ばすればええんだべか?」 挑発するように、栗原も負けじと言い返す。 「…そーやな、ほしたらな…、そのままじっとしとれ」 浅井もその不気味な笑みを浮かべたまま、包丁を持った左腕を軽く振って見せた。 「運いいわぁ、お前。こんな近くで、俺のバッティング見れんがや」 「は…?」 「サヨナラアーチや」 栗原の左腕を押さえていた右手で右腕の二の腕のあたりを抑えつけ、左腕を高く振り上げる。 (ヤバイ!ヤバイヤバイ、それはヤバイ!!) へいへいとーちゃん、それはおイタが過ぎないかい? だってそんなことしたら、俺、雪かきも野球も何にもできなくなるんじゃないかい?焼肉屋も継げないかもしれないぜ? 右腕のない野球選手なんか見たことあるかい?右腕のない焼肉屋店員、だってありえないだろ? 真冬日に、あー今日は義手のつなぎ目が一段と冷えるな~、なんてほのぼのとした会話ができるかい? ──実際は、そんな事を考えている余裕もなかったのだが。 浅井は腹から大きく息を吸い、渾身の力を込め、栗原の右肘めがけて高く振り上げた左手を振り下ろした。 栗原も必死で抵抗するが、尋常ではない力を出している浅井に完全に力負けしていた。吹き飛んだ時に右腕を痛めた事もあるが。 「らぁあああああ!!!」 (!) 「うあ゛あああああああああああああ!!!」 栗原の右腕を、刺身包丁が貫通した。血液が溢れ出、刃の周辺が一瞬にして真っ赤に染まる。 栗原は絶叫しながら暴れるが、浅井は左手の包丁をしっかりと刺したままにしているため、傷口は余計に広がっていく。 「お前の野球人生はここで終わんがや。…もういっぺん聞くぞ、カープのファーストは誰や!?」 「…栗原、…健太だぁっ!!」 激痛で顔を歪めながらも一瞬だけきっと浅井を睨みつけ、言った。 喋る事すら苦しいのだが、ここで負けを認めることだけは絶対に嫌だった。 (俺は、カープの四番バッターに、…いや、日本一のバッターになる男なんだ…) 2005年シーズン、出遅れはしたが自己最高の成績を残した事は、確かな自信になっていた。 7年目のシーズンは、本気でHR王を狙うつもりだ。勿論、新井との競争に勝って四番の座も奪う。 そしてお世話になったカープを自分が引っ張って優勝させた後、夢だったメジャーリーグへ── 育ててくれた両親に、それ以上ないくらいの親孝行をしてあげたい。 焼肉屋を継がずにプロ野球選手になんかなって、しかも最初の数年間は2軍でしか活躍できず かなりの心配をかけてしまった。その上今年は隠し子騒動なんかもあった。こんな親不孝な息子が、どこにいるだろう? 寒い山形で暮らす両親に立派な家を建ててあげて、引退するまで店を継げない代わりに立派に改築する。従業員も増やす。 ──その時まで、俺は負けない。負けられない。誰にも。 (こんな怪我、痛いもんかよ!) 呻き声が漏れそうになるのを喉元で必死に堪え、栗原はなお浅井を睨んでいる。 「だらか!!」 包丁から離した左手を、血が出るくらい強く握り締めて、浅井は栗原の顔面を殴った。 「カープのファーストは浅井さんやと言えま!」 「…誰が…そんな馬鹿な事を…!」 「なんでお前にもこんなだらにされんなんがや!俺は、お前にも新井にも実力で劣っとるとは思ってないがやぞ!!」 もう一発。 _ペッ 栗原の吐いた唾が、浅井の眉間に付着した。 そこで、浅井は静まり返った。そしてどこか哀愁の感じられる口調で、言った。 「…屈辱や。たかが23歳のガキにまでこんなだらにされるとはなぁ…」 (その生意気な口に、この包丁を突き刺してやる… そしてその唇をさばいて、奴への土産にしてやろう。  富山の名物にはならないが、”唇のお造り”、いいじゃねぇか…) 浅井は栗原の腕に刺さった包丁を抜こうとした。その瞬間── 「栗!!」 栗原の悲鳴を聞いて駆けつけた末永真史(51)が、我を忘れて大声を揚げた。 ”スイッチ”は、既に入っていた。二人から30mほど先に、鬼のような形相の末永が立っていた。 「この野郎ぉおおお!!」 辺りを飛んでいた鳥達が、一斉に飛び去った。 【生存者残り37名】 ---- 管理人注: スレの書き込みによると 「こわくさい」=「生意気な」という意味だそうです。  「…じゃあ、何ばすればええんだべか?」→東北弁(山形弁?)だと「ほだら何すっどいんだっす」が適切らしいです。 管理人は東京生まれの埼玉育ちなんで良く分かりませんが…。 ---- prev [[29.カルーセル]] next [[]] ---- リレー版 Written by ◇富山
茂みの中から飛び出した人物が自分に飛びかかり、倒れこんだ自分に馬乗りになって自分を見下ろしている。 栗原健太(50)は、今絶対的な窮地に陥っていた。 手にしっかりと持っていたジグ・ザウエルも手から離れ、数メートル先の地面にある。 (参ったな…。飯のための魚はほしいけど…。なんであんたと会うんだよ…) 吹き飛んだ栗原は右腕から着地したため、強い痛みを右手首から肩にかけて感じていた。 (まずいな、痛めたか…) 「よぉ、まだ死んでなかったがか」 闘牛のような激しい体当たりで栗原を吹き飛ばした浅井樹(6)は、その大きい手で栗原の腕をしっかりと押さえつけ、抵抗を許さない。 「…俺は死にませんよ。絶対に生き残ります」 両者ともに力では他に負けたくない選手だけに、軽い会話を交わしながらも力と力の押し合いが続いている。 「生き残る気か?残念やったな、ファーストは俺のもんや」 「ふざけてんですか?大した実力もないくせに…」 (こいつ───!!) 浅井はその一言で激昂し、栗原の首を右手で締め付けた。 「か…はっ…」 栗原の喉の奥から、苦しそうな呻き声が弱弱しく出てきた。 ものすごい力で抑えつけられているため、力には自信のある栗原だったがその体勢から逃れられなかった。 そのカープ一太いと言っても過言ではない二の腕は伊達ではないということか。 (この人、すげぇ力…) 浅井は右手を離すと、そのままその右手で栗原の頬を殴りつけた。 「何ゆーとんがや!二度とその口聞けんようにしてやろーか!?」 左手で持った刺身包丁を栗原の眼前に持っていき、威圧する。 浅井は、完全に劣勢である栗原が、どこか余裕の感じられる目をしていたのがたまらなく気にくわなかった。 若くしてレギュラーの座を掴みつつある栗原が、いつまでもレギュラーになれない自分を見下している気さえした。 「レギュラーは俺が貰います。ファーストはアンタじゃねぇ。…俺ですよ」 栗原は咳込みながら、吐き捨てるように言った。 浅井はうつむいてしばらく沈黙すると、少しだけ顔をあげた。 口元がつりあがり、奇妙な笑みを浮かべているのが栗原には見えた。 「そうか、お前がこんなにこわくさい奴やとは思わんかったわ。そんな奴には、お仕置きしてやらんなんな…」 「…お仕置き、っすか…」 お仕置きといえば、子供の頃は何か悪い事をすると寒い中ひたすら店の周りの雪かきをさせられた。 当時は厳しい両親を恨んだものだが、今になって思えばそういう経験のおかげで強い精神力を養えたのかもしれない。 「…じゃあ、何ばすればええんだべか?」 挑発するように、栗原も負けじと言い返す。 「…そーやな、ほしたらな…、そのままじっとしとれ」 浅井もその不気味な笑みを浮かべたまま、包丁を持った左腕を軽く振って見せた。 「運いいわぁ、お前。こんな近くで、俺のバッティング見れんがや」 「は…?」 「サヨナラアーチや」 栗原の左腕を押さえていた右手で右腕の二の腕のあたりを抑えつけ、左腕を高く振り上げる。 (ヤバイ!ヤバイヤバイ、それはヤバイ!!) へいへいとーちゃん、それはおイタが過ぎないかい? だってそんなことしたら、俺、雪かきも野球も何にもできなくなるんじゃないかい?焼肉屋も継げないかもしれないぜ? 右腕のない野球選手なんか見たことあるかい?右腕のない焼肉屋店員、だってありえないだろ? 真冬日に、あー今日は義手のつなぎ目が一段と冷えるな~、なんてほのぼのとした会話ができるかい? ──実際は、そんな事を考えている余裕もなかったのだが。 浅井は腹から大きく息を吸い、渾身の力を込め、栗原の右肘めがけて高く振り上げた左手を振り下ろした。 栗原も必死で抵抗するが、尋常ではない力を出している浅井に完全に力負けしていた。吹き飛んだ時に右腕を痛めた事もあるが。 「らぁあああああ!!!」 (!) 「うあ゛あああああああああああああ!!!」 栗原の右腕を、刺身包丁が貫通した。血液が溢れ出、刃の周辺が一瞬にして真っ赤に染まる。 栗原は絶叫しながら暴れるが、浅井は左手の包丁をしっかりと刺したままにしているため、傷口は余計に広がっていく。 「お前の野球人生はここで終わんがや。…もういっぺん聞くぞ、カープのファーストは誰や!?」 「…栗原、…健太だぁっ!!」 激痛で顔を歪めながらも一瞬だけきっと浅井を睨みつけ、言った。 喋る事すら苦しいのだが、ここで負けを認めることだけは絶対に嫌だった。 (俺は、カープの四番バッターに、…いや、日本一のバッターになる男なんだ…) 2005年シーズン、出遅れはしたが自己最高の成績を残した事は、確かな自信になっていた。 7年目のシーズンは、本気でHR王を狙うつもりだ。勿論、新井との競争に勝って四番の座も奪う。 そしてお世話になったカープを自分が引っ張って優勝させた後、夢だったメジャーリーグへ── 育ててくれた両親に、それ以上ないくらいの親孝行をしてあげたい。 焼肉屋を継がずにプロ野球選手になんかなって、しかも最初の数年間は2軍でしか活躍できず かなりの心配をかけてしまった。その上今年は隠し子騒動なんかもあった。こんな親不孝な息子が、どこにいるだろう? 寒い山形で暮らす両親に立派な家を建ててあげて、引退するまで店を継げない代わりに立派に改築する。従業員も増やす。 ──その時まで、俺は負けない。負けられない。誰にも。 (こんな怪我、痛いもんかよ!) 呻き声が漏れそうになるのを喉元で必死に堪え、栗原はなお浅井を睨んでいる。 「だらか!!」 包丁から離した左手を、血が出るくらい強く握り締めて、浅井は栗原の顔面を殴った。 「カープのファーストは浅井さんやと言えま!」 「…誰が…そんな馬鹿な事を…!」 「なんでお前にもこんなだらにされんなんがや!俺は、お前にも新井にも実力で劣っとるとは思ってないがやぞ!!」 もう一発。 _ペッ 栗原の吐いた唾が、浅井の眉間に付着した。 そこで、浅井は静まり返った。そしてどこか哀愁の感じられる口調で、言った。 「…屈辱や。たかが23歳のガキにまでこんなだらにされるとはなぁ…」 (その生意気な口に、この包丁を突き刺してやる… そしてその唇をさばいて、奴への土産にしてやろう。  富山の名物にはならないが、”唇のお造り”、いいじゃねぇか…) 浅井は栗原の腕に刺さった包丁を抜こうとした。その瞬間── 「栗!!」 栗原の悲鳴を聞いて駆けつけた末永真史(51)が、我を忘れて大声を揚げた。 ”スイッチ”は、既に入っていた。二人から30mほど先に、鬼のような形相の末永が立っていた。 「この野郎ぉおおお!!」 辺りを飛んでいた鳥達が、一斉に飛び去った。 【生存者残り37名】 ---- 管理人注: スレの書き込みによると 「こわくさい」=「生意気な」という意味だそうです。  「…じゃあ、何ばすればええんだべか?」→東北弁(山形弁?)だと「ほだら何すっどいんだっす」が適切らしいです。 管理人は東京生まれの埼玉育ちなんで良く分かりませんが…。 ---- prev [[29.カルーセル]] next [[31.罪過]] ---- リレー版 Written by ◇富山

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