19.危ういバランス

    

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凍るような青白い月明かりの下、冷たい海風が吹きすさぶ海岸を二つの影が歩いている。
夜の海はどこまでも黒く陰鬱で、寄せては返す波の音もただその不気味さを助長させていた。
(昼の海とはえらい違いやな……けど今、明るい海を見たところで気分が晴れる事もあれへんわな)
「しー……」
森跳二(16)は寒さに顔をしかめ息を吐き、体を震わせた。
(にしても……)
同行している梅津智弘(39)はずっと黙ったままだ。なので、森も黙って歩き続けている。
(なんやねん、俺誘ったんはお前やろが)
あの場では、それは確かに有り難く思えた。

――「おい。ここ出たらとにかく南に5分、全力で走れ。そこで落ち合おう」
次々と選手が出発させられていく中、ただ呆然としていた森にそっと梅津が言葉をかけてきた。
(なんや、こいつは落ちついとるな)
同期入団で同い年、同じポジションの奴が。そう思うと多少悔しさもあり、森も冷静になる事ができた。
この状況に複数人数で行動するのはどうなのか、それははかりかねたが差し当たっては悪くない。
常軌を逸した事が起こっているのだ、状況判断しようとしても基準自体が曖昧になっている。
面倒な事が起こったらその時考えればいい。

ただ森が実際に学校を出て南に走ってみると3分も経たず海岸に出てしまい、
見通しの良すぎる場所で寒い海風に晒されながら背番号が離れている梅津を待つ時間には辟易したが、
無事に合流してきた梅津の顔を見た時にはやはりほっとした。
互いの武器を確認し合うと森はサバイバルナイフ、梅津は鉈。
すぐに出発してきたあたりから響いた銃声に自分たちの武器の弱さを知り多少失望したが、
とりあえず吹きっさらしの海辺よりもましな所を探そうと森が提案し、あてどもなく歩き出した。
それから数十分、2人は一言も会話を交わしていない。

(なんで黙りっぱなしやねん……1人でいるより心強いのは確かやけど、どうも面倒やな)
森がそんな事を思った矢先、誰かの叫び声が聞こえ2人は足を止めた。
「……今のって?」
海とは反対側のそう遠くない場所から聞こえたそれは切羽詰まったような絶叫だった。

しばらくの間視線をそちらに向け耳をすませていたが、それっきり特に動静はない。
森がどうすべきか悩んでいると、梅津が黙ったままその方向に歩き出した。
「おい、迂闊に近づくな、危ないやろが!」
声を殺したそんな忠告も黙殺されたが、一応足音を忍ばせ、舗装された道から少し逸れた土の上を歩いている。
仕方なく森も後を追った。

海岸から少し道を登ったそこに2人が見たものは、倒れている人影と銃を携え悠然と去っていく後ろ姿。
月明かりに微かに確認できた背番号は……9。それは背筋を凍り付かせる恐ろしい数字だった。
恐怖の象徴のようなその姿が見えなくなり、更に暫くするまで2人はそこに立ちすくんでいたが
倒れている人影にまず歩み寄って行ったのは森の方だった。
「井生さん……」
道一杯に広がった血だまりの中で幾つもの銃弾をその身に受け、
恐怖に引きつった表情で絶命している練習熱心で真面目だった先輩選手。
しかしその姿よりも、森はそれを見て思った以上の衝撃を受けていない自分自身に驚き違和感を感じた。

(俺の感覚は麻痺しとるな。と言うより、自分で麻痺させたんか。
 せやな、そうでもせんと動けんかった。まともに受け止めていたら俺は錯乱してまう。
 この状況でそれは得策やない。心と身体がそう判断して、適応させたんや)
体に感じる現実的な寒さとは違う、自分の心が冷たく凍っていくような感覚に襲われながら
そんな事をぼんやり考えていた時、いつの間にか横に並んでいた梅津が沈黙を破ってつぶやいた。
「緒方さんか……厄介だな。けどまあ、あの人はそれを選んだって事か」
「何やて?どういう意味や、それ」
「別に。それだけの意味だ」
緒方が去った方向を見ている無表情なその横顔を見て森は確信した。こいつもそうか。心のどこかを麻痺させている。
(やっぱり、1人でいた方が良かったんかな……)
今からでも、この場で別れてしまった方がいいかも知れない。
――「それを選んだ。それだけの事」
明晰で冷静な意見だ。それ以上でもそれ以下でもない。だが、その先は。
(ならお前は? 梅津、お前は? そして、俺は……?)
何て事だ、たった2人でこのざまか。この島には40人以上もいるってのに。

今はっきりと分かっているのは緒方が殺す側の人間になっているという事と、
井生はもうこんな煩わしさから解放されているという事。
(死にたないけど、その点だけは羨ましい気がしますよ、井生さん)
森が静かにため息をつくと、梅津が再び口を開いた。
「……なあ、お前は死にたくないって思うのか?」
「あ?ああ……まあ、死にたないな」
「ふーん……」
「お前も、やろ?」
「まあ、そうだな」
そのまま、また梅津は黙り込んだ。
沈黙の裏は伺い知れない。だがその抑揚のない声に隠れた僅かな機微を森は感じた。
同じ思いを共有する者同士の、それは一種の以心伝心だったかも知れない。
森は再び確信した。こいつと俺は、近い。
心のどこかを麻痺させ、危ういバランスを保ちながら何かを吹っ切れずにいる。

空を見上げると相変わらず蒼ざめた月が冷たい光を投げかけていた。
月の光は狂気をもたらす、それはどこかで見た文献だったか詩の一編だったか。
狂ってしまえれば楽だろう。しかしそれは自らの人格の破壊、死と同じだ。
死にたくない、という意思に反している。
(どう転ぶにしても、出来る限り抵抗してみるか……)
「ほんまに厄介やな。鬼に金棒ならぬ、鬼に銃や」
そうおどけて言ってみると梅津が口の端で少し笑った。その顔は昨日までのものと変わらなく見えた。
(よし、大丈夫や。もう少し、こいつと一緒にやっていってみよう)

「なあ、ここじゃあんまりやから井生さんを向こうの木の影にでも移動させよう。
 そんなんはただの生きてるもんの自己満足やけど、それでもええやんか」
そう言うと梅津は相変わらず黙ったままだが素直に従った。
まだ生暖かい血を手の平に感じながら井生を抱え道から逸れた土の上に置き、
血をユニフォームのズボンで拭い目を閉じさせると森は立ち上がり梅津の肩を軽く叩いた。
「行こう、梅津。返事はせんでええから俺の話を聞いてくれ。
 俺の事、お前の事、今思ってる事を洗いざらい話しときたいんや。気が向いたらお前も何か言うてや」
梅津は真直ぐに森の顔を見た。思えばここに来て以来、目と目を合わせたのは初めてだったかも知れない。
一瞬先にはどう傾くか分からない、ピンと張った糸の上でその両手に何よりも重い命を乗せたヤジロベエ。
(さて、俺らはどこに行くんかな)
出来ることならこいつと乗り切っていきたい。それは今だけの感傷かも知れないが、悪くなく思えた。

【生存者残り40人】


リレー版 Written by ◆uMqdcrj.oo
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