26.導かれるままに

    

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デイバッグをかかえ松本高明(45)は走り続けていた。
走っても走っても不安は執拗につきまとい、限界に近づいた足がもつれ再び地面に投げ出される。
勢いのままに数度転がりながら鬱屈しきった思いが口をつき爆発した。
「だぁぁーっ!……っ痛ってーっつってんじゃねーか畜生!」
しかし叫び声はただ闇に溶け、虚しさと不安と上がりきった息に立ち上がる気力もない。
(畜生……なんでこんな所で……なんで俺が……もう嫌だ、誰か……)
思考が落ち込もうとした時、ふいに視界が白一色に染まった。
「高明か?」
「え、え!?」
懸命に瞬きしつつ焦点を合わせた目に、懐中電灯をこちらに向けている木村拓也(0)が映った。
「なんだよ1人でわめき散らして。騒がしい奴だな」
「た、拓也さん!」
一回り以上年が違うためそれほど親しいとは言えないが、気さくで尊敬できる大先輩だ。

泣きそうな、すがるような高明の顔を見て拓也は少し首を傾げ笑った。
「まいったな。こんな遠くまではそうすぐに人が来ないと思ったのに。
 さすがに俊足の若いもんは違うなぁ」
「遠く?」
「なんだよお前、地図も見てないのか?」
「地図……?」
高明は呆けたように拓也の言葉を繰り返す。
「おいしっかりしろよ。それともそのバッグにとんでもない武器でも入ってたか?」
「え……あ、俺、バッグ開けてないです。あの部屋出てからただ夢中で……」
「しょうがねーなぁ」
小さな子供を諭すように笑う拓也を見て、高明の心も次第に平静さを取り戻していった。
「このすぐ先に小さい家があるんだ。とりあえずそこ行くか」
「あ、は、はい!」
拓也に促され立ち上がり、連れ立って歩く。
(会えた。良かった、人に会えた)
何より落ち着いた拓也の様子が頼もしく、高明は言いようの無い安堵を感じていた。

上がりこんだ平屋の民家は少し埃っぽくすえた匂いがした。
狭い和室で畳に置いた地図を挟み2人は向かい合って座っている。
「――で、今はだいたいこの辺り」
「なるほど、分かりました」
「よしよし、だいぶしっかりしてきたな」
「へへ」
安心しきっている高明の様子を見てまた拓也が首を傾げた。
「なあ高明、お前俺を警戒しないのか?」
「え?どうしてですか?」
「どうしてって……あのなあ、俺達殺し合いしろって言われてんだぞ」
言われてみれば、高明にはなぜ自分が拓也を少しも疑っていないのかよく分からない。
ただ会った時から何の変わった様子も無かった。そう、あまりに普段通りだったからだ。
そこまで考えてふと不安になり、
「あ……もしかして拓也さんは、俺を警戒してるんですか?」
「ばか、転んで大声出すような奴警戒するかよ」
「そ、そうですよね」
軽く一笑に付された。信用されてるんだか馬鹿にされてるんだか。まあ後者だろう。

「ところでお前の武器って何?」
「あ、はい、えーと…」
高明はバッグを開けて中を探り、ぎくりと身を堅くした。
「拳銃……ええと、ベレッタM87……?うわ、これ本物ですかね」
「へぇすげえな」
軽い調子の拓也とは裏腹に高明の脳裏には出発した時に聞いた銃声と叫び声が蘇り、
その冷たい金属の感触が心に冷たく響いた気がして慌ててバックに戻した。
「何しまってんだよ。持っとけ」
「え、嫌ですよ俺」
「いいから。ほら、ベルトにでもはさんどけ。その説明書もちゃんと読めよ」
「嫌だなあ……」
渋々と拓也に従ったが、どうにも心地が悪く高明は拗ねたようにつぶやく。

「ぶつぶつ言うな。ちなみに俺のはこれ」
「……何すか、それ」
拓也が差し出したのは原色の色遣いがいかにも安っぽい、どう見てもおもちゃの箱だった。
「”ママとお料理キッチンセット”だってさ。ホットケーキくらいは焼けるらしい」
よく見るとご丁寧に小麦粉の袋まである。おどけた拓也の様子に思わず高明は吹き出した。
「ぶ、武器じゃないじゃないですか!」
「おー言ったなこいつ。道具は使いようだろうが。俺の器用さをなめるなよ。
 ……っつってもこれじゃぁなあ」
「面白すぎますよ。勘弁して下さいよ」
「こら、笑いすぎだぞお前」
頭を軽くこずき、そう言いながら拓也も笑っている高明を見て顔をほころばせている。

「す、すみません。そうだ拓也さん、俺のこの銃持ってて下さい。
 きっと拓也さんの方がうまく使えますよ」
笑いを堪えながら高明が銃を差し出すと拓也は目を見開き、一瞬その顔が強張った。
「……何言ってんだ、俺だって嫌だよ。それはお前んだろ、お前が持ってろ」
「あー、ずるいっすよぉ」
高明はまた渋々とベルトに銃を差し込みながら、
ふと、暗がりでよく見えないながら拓也の顔色が悪くなっているような気がした。
「拓也さん?具合でも悪いんですか?」
「ん?いや別に。疲れだろ。……けどそうだな、少し寝るかな」
「そうして下さい。俺起きてますから」
「そうか、悪いな。一応あちこち戸締まりしとくか」
「そうですね。じゃ俺行ってきます」

そして高明が懐中電灯を手に立ち上がり部屋を出ようとした時、
ほんのもののついでのように拓也が言い足した。
「あぁそれからな高明、一番奥の部屋には行くなよ」
「はい?」
「比嘉が死んでる」

――死んでる?
つい今までの状況とはあまりにも不似合いな言葉を咄嗟には理解できなかった。
「ちょ、な、なに、言ってるんですか。悪い冗談……」
「嘘じゃない」
今まで話していたのと同じ、普段通りの顔をして拓也は高明を見上げている。
「死んでるんだ。俺が殺したから」
(何を言ってるんだ、この人は)
「う、嘘だ!やめてくださいよ、からかうにしてもひどいですよ!」
叫ぶと同時に高明は廊下を走り、一番奥の部屋の襖を乱暴に開けはなち息を呑んだ。

暗い部屋の奥に仰向けに倒れている人影。
はっきりとは見えないが確かに大柄な背格好は比嘉に似ている。
「比嘉……さん?」
まさか。震える足で歩み寄りながら、まだ高明は状況を理解しても信じてもいなかった。
そうだ、焦って近づいたらきっと起きあがるんだ。「だまされてやんの、バーカ」とか笑いながら。
そうしたら俺は「ひどい冗談ですよ!」とか返して……笑って……拓也さんも笑ってて……

しかし懐中電灯の光に照らされたそれは、そんな淡い願いを嘲笑うように崩し去った。
不気味に光を反射している左胸に刺さった金属製の棒。
そこから広がる赤黒い血に染められ判別しづらくなっている、
チームを背負う大砲たれとの期待が込められた左胸下の背番号10。
ぽかんと開いた口からも溢れている血、哀しげに薄く開いた何も見つめていない空虚な目。
端正な顔立ちにひどく不似合いな、生きている者のそれとは明らかに違う濁った肌の色。
全て疑う余地もなく、それは命の灯が消えた比嘉の姿だった。
「う……あああぁぁああああ!!!」
比嘉に取りすがり滅茶苦茶に揺するが、金属の棒が大きい振り幅でゆらゆらと揺れるだけで
その体からは何の抵抗も返ってこない。
「ひ、比嘉さん!比嘉さぁぁん!!」
嘘だ、嘘だ、こんな事有り得ない。出発前に自分を励ましてくれた人が。笑いかけてくれた人が。
さっきまで、ついさっきまで生きて喋っていたじゃないか!こんなの嫌だ、こんなの嘘だ!
「嘘じゃなかっただろう」
静かな声に飛び上がるように振り返ると、右手にゴテゴテした弓のような物を持った拓也が立っていた。
「た……くやさ……」
「そんでこれが、比嘉の武器。小型ボウガン」
やはりさっきまでと変わらない、穏やかな表情と口調。
信じる糧としていたそのあまりの普段通りさが、一転して高明を一気に混乱に陥れていく。
「なんで……」
「言っただろ、俺達は殺し合いしてるんだよ」
「ころ……し」
「比嘉を殺した。もう後戻りはできない」
拓也の腕がゆっくりとあがり、高明の額にぴたりと照準が合う。
比嘉の亡骸を背に尻餅をついた姿勢のまま、高明の思考と行動は完全に停止した。
目に映る物、耳から入ってくる言葉、すべて認識はできるが理解が出来ない。
動けない。信じたくない。何も考えられない。

「おいどうした、また遠くに行っちゃってるのか。
 ……しょうがねーなぁ。ほら、腰にあるものは飾りか?」
(腰……に?ベルトの……間に……)
拓也の顔を呆然と注視したまま、高明は手探りで銃を手に取る。
「そうだ。説明書読んだんだろ。安全装置を外して」
(外して……)
「ここだ。しっかり狙えよ」
拓也は自分の左胸をトントン、と指さした。

自分が何をしているのか認識できないまま、高明は引き金に手をかけゆっくり引き絞る。
「……まったく、なんでそんななんだよ、お前も比嘉も。
 せめて敵意剥き出しで反撃でもしてくれれば……俺は……」
そのつぶやきは小さすぎて高明の耳には届かなかった。
混乱が極限に達しているその目には、拓也がとっくにボウガンの焦点を高明から外している事も、そっと目を閉じたのも見えなかった。

【比嘉寿光(10)死亡  生存者残り38名】


リレー版 Written by ◆uMqdcrj.oo
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