11.悲しき幸せ配達人

    

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森の中、2人の男が並んで地面に座り込んでいた。
男が空を見上げるとそこには月があった、それはここで得られる全ての明かりだった。
そして視線を目の前の地面に戻すとそこには――――酒瓶があった。
男はため息をつくでもなくぼんやりとそれを眺めた。
ここにくる道中、足を進める度にガラス同士がぶつかる様な音が
背中に背負ったザックの中から絶えず響いていた、その音の正体がこの酒瓶だった。
(まあこんな事だろうと思ったけどな)
この状況が悪い冗談か何かの様に思えてきたのは、
木村一喜(背番号27)がザックの中に収められた『武器』を取り出してからすぐの事だった。
木村一の手の中におさまっているメモ用紙程度の大きさの紙には
一言だけ『酒』と書いてあった。酒、なんて簡潔な説明だろうか
せめて銘柄や度数くらいは書いておいて欲しいものだ。
そんなピントのずれた事を考えながら、木村一は
目の前にずらりと並べられた5本の酒を品定めするように眺めた。
重度の酒飲みを自称する自分に相応しい物だと言えなくもないが
『武器』としてこれを用意したオーナーのセンスは理解できない。

木村一はその内の一本を手に取ると、その透明な瓶に貼られたラベルを読んだ。
緑の英字でスピリタスウォッカと書かれているそれは
木村一も以前に飲んだ事のある物だった。
この純度96のアルコールは通常何かで薄めて飲むべき代物だ。
自分が飲んだときは牛乳か何かで割った覚えがある。
とにかく――――ストレートで飲むには危険な物である事は間違いない。
静かにその瓶を地面へと下ろした。
(これ全部飲めって事か? それならそれでそれ相応のもんを用意してもらわな………)
木村一が思考を止めたのは、隅に置かれた酒瓶に目が行った時だった。
箱に入っている訳ではなかったものの、4体の酒が傷ひとつ無い綺麗な状態で存在しているのに対し
その中の1本だけは少し違った状態でそこにあった。
緑の瓶に貼られた緑のラベルには、白く銘柄が印字されているが
その文字に被る様にして墨汁のように点々と付着しているものには
思い出したくもないが、確かな見覚えがあった。もしもこれをもう一度朝日の下で眺めたならば、
自分の目には墨汁というよりも何か濁った赤黒いものとして映ったんじゃないかと思う。
よく見ればこの酒はあの時よりも一回り小さかったが、やはり見覚えのある代物だった。
「……多分おゆずりなんだろうな」
山本さんとオーナーとの間にどんなやり取りがあったのかは知らないが
この酒もその場に用意されていたんだろう、木村一はそう確信した。
それは長年培った酒飲みの勘とでも言うものなのかもしれない。
木村一は目を細め、それを手に取りゆっくり瓶を揺らすと中の酒はこぽんと音をたてた。
あの人の好きな高級酒なのに、封は破られていない。
確かにその場にあっただろう酒なのに、一滴も飲まれてない。
せめて一滴くらい飲めば良かったのに、あんたの好きな酒でしょう?
この酒が用意されていた場所で一口も飲む暇さえ与えられず殺されたんだろうか。

木村一はゆっくりとそれをまた元の場所へと戻した。
全貌はわからないが、それでもわかった事はある。
貧乏球団はあんたが空けなかったせいでこんな物まで使い回してますよ。
俺の所にこれが来たのが偶然? そんな訳、ないですよね。
そしてまたぼんやりと酒に貼られたラベルを眺めていると
今度は沸々と怒りにも似た感情が湧き上がってきた。
(馬鹿だよ、本当に馬鹿だ)
木村一は思いの丈全てを自身の心中にぶちまけた。
あんた達は今年限りで辞めたんだ、なのにまだ背負ってたんですか?
最年長、皆のリーダー、監督、背負わなくてもいいものまで全部。
そんなもの捨てればよかったんですよ、あんた達は英雄である前に一個の人間なんだから。
どうせこんな事になるんだったら協力しても良かったのに。
あんた達はまだ生きるべきだった。他にもっといい死に場所があった筈なのに馬鹿だよ、本当。
オーナーもオーナーだ、ミスター赤ヘルという存在も次期監督という存在も一気に失ったんだから
少しは後悔しろよ、自責の念にでも駆られろよ
2人が死んだのも構想の範囲内って事なのか、答えろよ畜生。
そして俺達は、俺は、それすらも上回るくらいに必要の無い存在なんだ。

木村一の思考はいつしか自分の存在意義へと移っていた。
(俺なんてほぼ代打でしか活路見いだされてないんだから……)
打撃が少しばかりいいだけの中途半端な捕手、弱肩、一辺倒リード。
何度も言われた言葉が頭の中をぐるぐると回る。
彼らの存在意義は大いにあった、でも捕手としての俺には何の利点も無い、存在意義などある筈も無い。
木村一は隣の男にも聞こえないくらいに小さな声で、自嘲気味に呟いた。
「馬鹿だよ、あんた達はもっと自分の価値を知るべきだった」
ミスター赤ヘル山本浩二、ビッグレッドマシーンの中心にいたトリプルスリー。
共に一時代を築いた選手。そんな彼らの最期は
広島東洋カープの選手達の事を想いそれを庇って死ぬというものだった。
なんてきれいな死に方だ。俺はオーナーもそうだけれどあんた達も許さない。
ずるいよあんた達は。記録も人の記憶も掻っ攫う、そんなのは俺が許さない。
いい人、偉い人、凄い人、そんな心象だけを俺達に植え付けて勝手に死ぬなんて許さない。
あんた達は俺や他の仲間に死を悼んでもらえる、悲しんでもらえる、でも俺は――――
激昂する様に木村一は握り締めた拳を膝に叩きつけた。
「俺が死んだ時は、誰か悲しんでくれるだろうか」
そもそも俺が死んだ時傍に居るのは家族でも友達でも何でもない
ただの人殺しだ、人殺しに最初からそんな事を期待するのが間違いなのかもしれない。
知らず知らず口に出ていた言葉は、ただ文字の羅列として空に消えていくかと思われたが、
今度は聞こえていたらしい隣の男からこんな返事が帰ってきた。
「そのときは俺が悲しんであげますよ」
木村一は目を見開いた。玉山健太(背番号52)は何の気なしに
軽い冗談のつもりで言ったのだろうが、それでもそれは木村一の心に大きな変化をもたらした。
ゆっくりと横を向くと玉山は透明なガラスで出来た灰皿に見入っていた。
どうやらそれが玉山の『武器』らしい。

「そうか、ありがとう」
木村一は玉山に向けて笑顔を浮かべた
それはここに来て初めて見せた明るい表情でもあった。
玉山も笑い返すと灰皿を地面に置き、こちらに背を向けてザックの中の点検を始めた。

やっぱり俺は誰にも冥福を願ってもらえなさそうだ。
そりゃそうだ、唯一願ってくれそうだった人間を俺が殺すんだからそれは当然の結果と言える。
それを俺は何故殺さなきゃならない? 何故何故何故?
俺の死を悲しんでくれる人間は確かにいた、泣きたくなるくらいにそれは嬉しい事だった。
でも、だ。それは俺に存在意義がある事とは結びつかない、そうだろ?
俺は俺の存在意義が欲しいんだ、それは自己満足、ただのエゴでしかないが。
(それでも、嘘でもそう言って貰えた事は俺にとって嬉しい事だったのは間違いない)
そのときは俺が悲しんであげますよ

だからこそ俺は玉山を殺すんだ。言って貰えた言葉が嬉しかったから。
だからこそ俺は殺さなきゃならないんだ、嬉しい事は分かち合うべきなんだから。
俺に出来ること、存在意義なんてそれくらいしかないんだから。
「それなら俺もお前の為に祈ってやるよ」
(俺にだって看取るくらいは出来る、祈るくらいなら出来る)
念仏のように呟かれるその言葉は、瞬く間に木村一の心を埋め尽くしていった。

木村一は地面に置かれた灰皿を静かに拾うと
その無防備な背中、玉山の後頭部をスローイングの要領で殴りつけた。
少し手元が狂いあまり力は入らなかったが、それでも動きを止めるには十分だった。
玉山は呻き声を上げると前のめりに倒れた。
チャンスとばかりに木村一は素早い動きで玉山に馬乗りになると、
何度も何度も灰皿を玉山の後頭部に打ち据えた。
(なんで力が入らないんだろうな……)
もしかして俺、本当は―――木村一の心に少しの不安がよぎったが
力の入らなかった本当の原因に気がつくと今度は一転笑い出したくなった。
力が入らない、そりゃそうだ、俺は右利きなんだから。
今度はしっかり灰皿を右手で持つと木村一は痙攣を起こしている玉山、
その後頭部にもう一度灰皿を振り下ろした。頭蓋が砕けるような感触とともに痙攣は静かにおさまった。

「俺が殺して俺が悲しむ、俺が悼む、俺が看取る」
人工的な死と祈り、その繰り返し。
それでもそれが俺の存在意義になるのなら……

念のため崩れ落ちた体を仰向けにし確認したが、玉山はもう息をしていなかった。
木村一は灰皿をその場に投げ捨てると、糸が切れた凧の様にふらりと立ち上がった。
今の今まで玉山だったものを見下ろして両手を合わせた。
悲しいほどの静寂はそれでも彼の心に優しく響いていた。そしてそれは玉山の、
以前までの『木村一喜』という存在の、死を悼む鎮魂歌として彼の耳には届いていた。

【残り47人】


Written by 301 ◆CChv1OaOeU
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