49.「狂気への試練」

    

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「佳紀、か……」
緒方孝市(9)は手の中の首輪探知機を見てつぶやいた。
前後にはたった今自らが葬り去った若い二人の死体が転がり、硝煙の残り香もなお辺りに漂っている。
苦悩と共に壮絶な死闘を終え、半ば放心状態に陥りながらも事務的に確認した探知機の隅に現れた赤い点と“4”の数字。
それは新たなる使命を容赦なく緒方に突き付けていた。そして、それを見た瞬間からあらゆる感情を身の内に抑え、その心を決めた。
――『殺そう』
手榴弾による爆風と末永の放った弾丸とに左足太ももの肉がえぐられ、ユニフォームのズボンは赤く染め上げられている。動こうとした瞬間激痛が走り僅かに顔をしかめたが気力を奮い立たせ立ち上がった。
身につけていた以外の自らの荷物は粉砕されたため、末永のものだったと思われるデイバックを拾い上げ中身を確認し肩にかける。最後にゆっくりと二つの死体を交互に一瞥し、それきり振り返る事無く歩き出した。
足の痛みは一瞬にして遠退き、その顔は冷徹で無機質なものとなっていた。

赤い点の進行方向に回り込みMK23ソーコムピストルを持ち直すと、ほどなく尾形佳紀(4)の姿を視線が捉えた。
尾形の方でも早々にこちらに気付いたようだが、そのまま歩調を緩める事なく歩み寄ってくる。もしもその姿に動揺や怯え、若しくは抗戦してくる気配が見えれば即座に腕を上げ引き金を引いていただろう。
しかし不気味なほどに落ち着き、目を逸らさず歩いてくる尾形の姿は緒方の心に再び微かな波紋を呼び起こした。

(……迷うな。可哀想だが、こいつの足ではもう第一線での活躍は難しい。それならば今ここで)
ほんのわずかな心の隙をつくように、緒方の脳裏に今年前半の数々の試合が蘇る。
守備のお粗末さは目を覆わんばかりだったが、それを補って余りある打撃と走塁。これからのチームを引っ張っていく存在だと誰もがそう確信した今年の開幕ダッシュ。
自分の後継者が現れたか、と緒方自身も心強く目を細める思いだった。
――そう、あの致命的な怪我の再発さえなければ。

(怪我……)
体を使う仕事をしている以上怪我はつきものだ。そして同時にそれは選手にとって何よりも恐ろしいものだ。
緒方自身、不運な怪我に泣かされ続けた選手生活を送ってきた。その辛さは身に染みて知り過ぎるほど知っている。
『あの時のあの怪我さえなければ……』自身に対するそんな言葉をうんざりするほど聞き続けてきた。
(何を今更同情など。もう俺の手は汚れきっているじゃないか)
緒方の心に生じた微かな葛藤を余所に、一歩、また一歩と尾形は近づいてくる。見たところ丸腰だ。
ほんの少し腕をあげ、引き金にかけている指に力を入れるだけで何を労する事もなく全ては終わる。
この男を。今年前半の快進撃の主役を。申し分の無い素質と実力を備えた選手を。

――『あの怪我さえなければ』

誰が悪い訳でもない。起きた事はそれだけで全てだ。そんな言葉に意味はない。しかし。
(俺は這い上がってきた。そしてこいつも過去に選手としての死の淵から這い上がりプロまできた人間だ。再起不能とまで言われた所から)
至近距離まで来てやっと尾形が足を止めた。相変わらず丸腰のまま、特に何かをたくらんでいる様子もない。ただ全身に真っ直ぐな強さを纏っていた。
(だめだ、迷うな。ここでこいつを殺せなければ、俺は……)
「……緒方さん」
(迷うな!!)

しかしその己の心の声とは逆に、緒方の引き金にかけた指ははずれ腕は力なく垂れ下がった。
この時になって初めて緒方が手にしているものに気づいたように、尾形が軽く眉を上げる。二人の間にしばしの沈黙が流れた。
(……こいつならもう一度、きっと這い上がって来れる。今、俺が判断を下すにはまだ早い。復帰できればこれ以上心強い奴はいない。俺は、俺の役割としてそうするだけだ。これで家族に危害が及ぶような事はないはずだ)

「まだだ……。一度だけ、チャンスをやる」
緒方はそう口にすると拳銃を足下に置き、数歩あとずさり背を向け走り出した。

一歩踏み出すごとに肉をえぐられた左足に激痛が走る。体の痛みに思考を奪わせようとするように緒方は走り続けたが心の声はやまない。
(同情じゃない。誰もが認める選手だ。選択は間違っていない)
――井生を、栗原を、末永を、期待の若手を次々とその手にかけておきながら怪我人には情けか?
(……違う)
――同病相憐れむってやつか。いい気なものだな
(……違う)
――ならばなぜ、銃など与えた?ただ見逃せば良かっただけじゃないか?
(……違う!)

「……っつ……」
ついに足が悲鳴を上げ、背の低い茂みの陰に倒れるように転がり込む。周囲に誰の気配も無い事を確認すると空を仰ぎ、大きく息をついた。
(あいつがそれだけの選手なら、この状況からも抜け出せるはずだ。生き残れ。生き抜いてくれ佳紀。そして――)
痛いほど強く唇を噛み、茂みの葉を乱暴にむしり取り握り潰した。
(――そして、次こそは容赦しない。一度だけ……一度だけだ。運の強さだって選手の力の大事な要素には違いない。もしもう一度俺に会ったらそれがお前の運の尽きだ。必ず殺す)
――できるのか?
(できる)
――本当に?
(できる!……俺は鬼になるんだ。既に何人もの未来をこの手で奪ったんだ!)
――なれちゃいないじゃないか?佳紀を、見逃したじゃないか?
(違う、あいつは……)
繰り返される不毛な自問自答に疲れ果てがっくりと首をたれる。どう言い訳をしようと全てが都合の良い自己弁護なのは自ら分かり切っていた。

誰かを手にかける度に襲われる壮絶な痛みが蘇り胸をつく。
やはり自分は弱い人間だったのか。いやそもそも、人を殺せるのが強い人間なのか?
分からない。誰もが将来を嘱望された選手だった。一人として無駄な戦力などないはずだ。なのに、なぜ俺はそれを潰していくんだ。
(そうしなければ、いけないからだ。どんな痛みを心に感じようとそうしなければ……。なのに)
……なのに、なぜ迷うんだ。なぜ狂ってしまえないんだ。
「誰を殺せば俺は、狂う事ができるんだろうな……」
おそらく佳紀はその一人だった。しかし、それを乗り越える事ができなかった。
「誰を……」
その心に渦巻く悲壮な問いに相反するように森の中に差し込む木漏れ日は柔らかく、優しく緒方に降り注いでいた。

走り去った緒方を呆然と見送った後、尾形はその場に残された銃を拾い上げ不思議そうに眺めていた。
緒方と相見えた時には正直多少の覚悟を決めていた。その全身に刻まれた激しい戦いをしたのであろう痕跡、微動だにせずこちらを見据えた冷たい眼差しは確かな殺気を発していた。……はずだった。
――『まだだ』
(何が?)
――『一度だけチャンスをやる』
(なぜ?)
そう言った刹那、緒方の目に微かだが深い葛藤と悲しみが見えたのは気のせいだったのだろうか。
ほぼ確実に緒方は計画に“乗った”側の人間だ。しかしどうやら自分は見逃されたらしい。そしてこの手に残された銃。使うつもりはないが護身用としてはこれ以上ないほどありがたい。
(緒方さん、何を言いたかったんですか?そして……あなたはいったい何を背負っているんですか)
この異常な状況の下、様々な人間が様々な思いを胸に動いている。人の心の内は分からない。ただ恐らく、誰もが苦しんでいる。こんな事はやはり終わらせなければならない。
(だから俺は、俺のできる事をします。次にもし会う時には……何かが少しでも良い方向に向かっているように。だから、それまでどうか――)
拳銃を腰のベルトに差すと、緒方の走り去った方向に深々と一礼した。
(――どうか、早まった事をしないでください。一緒に帰りましょう。あなたは俺の目標なんです)
顔を上げると森は何事も無かったかのように木漏れ日をたたえ鳥の声が辺りを包んでいた。
二人のオガタの思いは決して交錯する事無く進んでいく。

【生存者 残34名】



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