27.悩み、そして銃声

    

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今晩は半月だ、それに赤い。
いや、もしかしたら本当はいつものように黄色いのかも知れない。でも何となく赤く見えた。
その上、半分になった月の影から今にもひょこりと何かが出てきそうで思わず寒気がする。
あぁもしかして月は自分の心の内を―――、と思ったところでやめた。

「……んなこたぁいいんだよ…。」

静まりきった登山道の中腹で、廣瀬純(26)はひとりごちる。
古ぼけた切り株の上に腰を据え、頭と懐中電灯の光を地面に向けてからもうかれこれ5分は経過しただろうか。
廣瀬は悩んでいた。ただひたすら悩んでいた。


思えば最初に大野練習場に集められた時からすでに悩んでいた。
その悩みはプロ野球という世界に入ってからずっと抱え込んできたもので、それこそ今になっては他愛もない悩みではあったのだけれど。
それでも一人前に悩んでいた、バスの中でもあの狭苦しい部屋の中でも。
ずっとずっと悩み続けていたら、突然途轍もなく大きな悩みが飛び込んできた。
それはほんの数時間前に抱え込んでいた慢性的な悩みよりもはるかに重厚長大であり、また自分の人生を大きく変えてしまうような悩みだった。
その悩みの本質は考えてみれば至って簡単であり、それでいて二択である。
その上、人間は動物であることを考えてみれば、今まで自分が悩んでこなかったことが不思議ほど単純なものである。
だがしかし、いくら単純で簡単で二択であったとしても今ここにある悩みは答えによって、己だけでなく周りの人間をも破滅させる可能性をはらんだ『悩み』であることに間違いはない。
だからこそ廣瀬は悩んでいた。ただひたすらに悩んでいた。
『生』または『死』の狭間で。


しばらくうつむいた後、廣瀬は顔を上げた。
かと思うと、またうつむく。その一連の動作を繰り返しながら、ただひたすら悩んでいた。

廣瀬は『戦争』が嫌いだった。嫌いなものを上げてくれという質問にすぐさま答えられるほど、嫌いだった。
理由は『家族や仲間が死ぬことが嫌だから』というものである。
だとすればどうだろう。
今この現状を簡潔に言うと『選手同士で戦い、選手が死ぬ』ということだ。選手同士で戦うのだから、どちらかが死ななければ永遠に戦い続けるしかないのだ。
選手とはつまり―――廣瀬にとっては『仲間』だ。
同じ釜の飯を食べ、共に励ましあい、成長しあってきた『仲間』。
『仲間が死ぬのが嫌』という廣瀬にとっては、まさに生きながらにして地獄のようで、また救いもない世界に等しかった。


救いもないといえば、廣瀬が出発した時の話だ。
廣瀬、背番号26の前に出発したのは背番号25と23を背負った男2人である。
新井貴浩と横山竜士―――絶対に全員で生きて帰ると言い放った、2人。
廣瀬は他の数選手同様、2人に着いていこうと即座に決めた。仲間が死ぬのが嫌だと思うような性格である、当然とも言える。
それに廣瀬は2人のすぐ後だったから、必ず合流できると信じていた。
新井と自分との間は1分しかない、そしてその新井は『待つ』と言っていたのだから。

しかし―――蓋を開けてみれば、居ないのだ。
ぶんどるように鞄を持って、なるべく急いで出たにも関わらずだというのに。
無論、廣瀬は探した。制限時間いっぱいまで出来る範囲を。
しかし2人は居ないのだ。風に吹かれて消えたかのごとく。

制限時間を過ぎ、振り返って出発した学校を見た時に廣瀬の心に浮かんだのは怒りでも悲しみでもなかった。
『恐れ』だった。
もしかしたら2人はあんな事を言ったばっかりに、もしかして―――
ただそこに佇んでいるだけであるのに、学校の奥に秘められた何か暗く重く黒いものを見た気がして、廣瀬はその場に立ち尽くしてしまった。
立ち尽くした廣瀬であったが、そのうち頭に浮かぶ2人のおぞましい姿から目を逸らしたくて、ひたすら走ることにした。
ふと気がつけば山の中腹に来ていた。そして現在に至る。

「新井さん…横山さん……。」
2人は大丈夫だろうか。膝の上で両手を組み合わせながら思う。
みんなで生きて帰るって言った人が最初に死ぬ訳ないですよね。そう信じていたかった。
しかし廣瀬自身の脳はそれでも無邪気とでも言いたくなるほど、残酷だった。

―――横山が待っている、新井を迎える、その瞬間に銃撃が―――
さっきからその映像がスローモーションで終わりなく続いている。
自分の脳でありながらこんなことしか考え付かない自分に対して、廣瀬はいい加減気分が悪かった。
「あぁ、もう―――」
うんざりだと言うはずだった。

その言葉は突如聞こえた発砲音によってかき消され、廣瀬は同時に息を呑む。
―――明らかに、銃声。場所は―――
音がした方をみると目に映ったのは、偶然にも木々の間から見ることが出来たあの建物。

「……学校…?」

慌てて時計を見ると、山崎の姿を最後に見た時からすでに25分を少し過ぎている。廣瀬が学校を出たのは18分後。
だとすれば今頃出発しているのは自分より後ろの8、9人ほどになるだろうか。


とっさに廣瀬は立ち上がり、鞄の中から名簿を取り出すと再び地面を強く蹴りつけた。
山の斜面はさほど角度がなさそうではあったが、それでも勢いがつく。
揺れる名簿を何とか懐中電灯で照らし出し、9人ほど後ろの背番号の選手を探す。
背番号40の倉、41の森笠、42の長谷川…。
倉、森笠、長谷川。くらもりかさはせがわ、と口に出して呟き、廣瀬は名簿を鞄に戻す。

―――…みんな殺しあうなよ……死なないでくれよ…。

弱弱しい口ぶりでそう言うと廣瀬は目を細める。
限りない恐れと悩みを抱えたまま、廣瀬はひたすら夜の小道を走った。
その頭上に半月が輝いていることなど忘れたように。
見ようによっては、青白くも赤くも見える月が輝いていることを。


【生存者残り38名】


リレー版 Written by ◆ASs10pPwR2
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