38.弔い

    

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そう深くもない眠りから目覚めても、目に映る景色は変わらない。
これが現実なのだと、背番号28―――広池浩司はこめかみを抑える。
目の前には海、寄せては返す波の音は規則的に繰り返されている。
暁の空はほんのり明るんでおり、この閉ざされた島という世界にも朝が来ることを示しているようだ。

「…まだ6人か、もう6人か。」
眠気漂う脳を2、3度揺り動かし、名前が42人分印刷された紙を手に取る。

「10番、比嘉寿光。」
味気なく印刷された名前を呼ぶ。そして一呼吸置いてから、名前の上に棒線を引いた。
広池は名前の上に線を引くと、目を閉じ、また1つ呼吸をする。
それからまた広池は同じ行動を5回繰り返した。
18番佐々岡真司、19番田中敬人、20番永川勝浩、27番木村一喜。
「……64番、井生崇光。」
そして6人目、名簿の下から2番目の名前に線を引く。
しばらくボールペンを止めた位置から動かせないでいたが、その内にパタリとペンを倒す。
もう一度、意識して深呼吸をすると広池はペンを離し、目を閉じた。
頭の中には何も浮かばず、ただ波の音がさっきよりは響いているような気がした。
その中で広池は再び呟く。
もう6人か、と。

物事は10分前に遡る。
緊張により眠りと目覚めを通常より浅い場所で繰り返していた広池は、枕代わりにしていた右腕に着けていた腕時計の妙な曲で一気に覚醒へと引っ張られていた。
まだ働かない脳を持ってしても、その妙な――よくよく考えれば自チームの応援歌だったかもしれない――曲の後に腕時計のスピーカーから発せられた日本語は理解できた。
『死亡者6名』と『禁止エリア』。
ある程度の覚悟――人によっては諦めとも言える感情――をしていた広池でも、前者には流石に多大な衝撃を受けた。

(こんなに簡単に殺し合いって出来るものなのか? 同じチームだったのに?)

6人、全体42人のうち6人と言えば7分の1。占めるウェイトは決して少なくない。
そんな人数が、同じチームメイトに殺された。しかも6時間もの短い間に。
「…嘘、であって欲しいよ。」
思わず一人ごちた言葉は偽りのない本心だ。
しかしあの学校での出来事を目前で見た限りでは―――それはまごう事なき『事実』であった。


黙祷を捧げた後広池は目を開き、右手を握り締める。
手首の腕時計の黒いベルトはところどころ変色し、そして自ら着ているユニフォームにも血痕がいくつか風変わりなデザインのように飛んでいた。
広池の血ではない。出発の校舎で偶然広池が木村一喜の後ろの席に座っていたことでついたものだった。
その時のことをふと広池は思い出そうとした。
順を追って思い出す。あの場所で目覚め、席に着いて、それから―――。

しかしそこでいきなり記憶の映像は途切れ、音と声だけが広池の中にこだまする。
叫び声、銃声、静寂、そしてあの説明。
音だけはやけに鮮明だが、映像が全く頭に浮かんでこない。自分が何をしたのかも分からない。
ああ、これが人間の自己防衛機能だと広池は感じた。
『人間は極度のストレスを感じると、その物事を忘れ去ることで精神のバランスを保っている。』
どこかで読んだ一説が脳裏に浮かぶ。まさにその通りだ。

波の音がまたぐるぐると頭を巻いている。いい加減、船酔いでもしそうな気分だ。
名簿を鞄に戻し、広池は立ち上がる。
軽く体を曲げていると決して心地は良くない音が体中から聞こえた。無理もない、狭いスペースに押し込むように身を丸めて寝ていたのだから。
首を回す。右に回して、左に回して。ついでに足首も回す。
そろそろ頭も晴れてきた。ゆっくりと深呼吸して。


「広池さん、何してるんですか。」

思ってもいなかったことが起きた。人がいた。
いささか驚きつつも首だけで振り返る。

「…お前か、東出。」
「お前かはないでしょ。」
身軽に岩場を下る東出の行動に敵意を感じなかった広池は本人が自分のところにまで来るのを、柔軟をしながら見つめていた。
最後の岩を両足で蹴り、着地する。それと同時に広池も柔軟を止める。

「おはよう東出。」
「…相変わらず悠長なこと言ってますね。」
「そうか?」
東出と話をしながらズボンのベルトを緩め、ユニフォームの裾を中に仕舞いなおす広池。
「それはお前もだろ? 俺に攻撃してこないじゃん。」
ベルトを元に戻し、鞄の紐を肩に掛ける。そしておまけに東出に微笑みかける。
無表情だった東出の顔に呆れの色が見える。
「…こっちも、広池さんがここに居るとか思わなかったんでね。それに人殺す気とか今は無いし。」
「人を殺す気は無い、ね。お前は絶対やる気満々だと思ってたんだけどね。」
柔らかな口調で広池が返すと、東出の表情にはますます苦味が広がる。
「いくら前の監督とは言え、『殺し合いしろ』って言われて『はい、そーですね。』でぐさりとか俺は気分悪いです。
っていうか、すっごく癪だと思うんで―――」
語尾を延ばし、東出は不意に広池と視線を合わせる。

「…まぁ、時と場合によりますけどね。」
「ほら見ろ。やっぱりやる気あるだろ?」
「平和ボケしてるあんたとやってる暇なんかないんですよ。」
「平和ボケとは言ってくれるな。」
広池が笑う。東出は苦い表情のまま首を傾げる。
そして笑い声が途切れ、場は波の音が流れていた。
2mほどの間をとって向かい合う東出と広池。両方とも普段見せる表情とは相変わりない。

「広池さん、一晩何してたんですか?」
頭の後ろで両手を組みながら東出が尋ねる。
耳の中を行き来していた波の音が和らぎ、広池はふぅと息を吐いた。

「計算して、探し物してた。」
「計算?」
「中学校の時とかに習ったと思うけど、三平方の定理を使った奴ね。
『10m、50m。その2辺が垂直に交わる時に作ることの出来る三角形の斜辺の長さを求めよ』っていう問題。」
返事の代わりに東出が呆気に取られた顔をする。
すぐさま普段の通りに戻っていたが、それでもなお先ほどよりも呆れを増した表情にはなっていた。
広池はそれに気付いていないのか気付いていたのか分からないが、続けて話をしようとする仕草を見せる。
が、東出が右手を出し制止させる。もういい、と。
「…解答とか要らないですから。」
それよりも、と東出が促す。
「探し物ってなんですか。」
「瓶。それと釘かな。」
鞄の中を探り、広池が2本の空の瓶を取り出す。
1つは青みがかった細長いワイン瓶のようなもので、底の方には海草とも苔ともつかない物体が沈んでいる。
2つ目の瓶は寸胴でよくウィスキーを入れている物とよく似ており、貼られていたであろうラベルは申し訳程度にだけ残っていた。
それを数秒見せた後、広池は鞄の中に瓶を戻す。

「…正気ですか?」
東出が先輩に対して尋ねるべきではないことをさらりと言い放つ。
しかし広池はさほど気にする様子もなく、両手を叩きながら答えた。
「正気じゃないだろうね。仲間が死んだって聞いても俺、自分が狂ってるとは思ってないから。」
「違います。」
「何か違った?」
東出は指で広池の鞄を示す。
「こんな状況で瓶とか探しますか?普通。」
初めてそこで広池は自分の考えていた東出の問いが違うことに気がついた。
東出が話していたのは『自分の行動』が正気の沙汰ではないということ。
まぁ確かに、と広池は小さく笑った。
「ちゃんと理由があるから探したんだよ。さっきの計算だって理由があったからやったまでだよ。」
「じゃあどんな理由ですか。」
しんと2人の間の会話が途切れる。

「…三平方の定理はね。」
ぽつりと広池が呟くように東出に語りかける。
「直角三角形の分からない斜辺をx、分かっている辺をそれぞれaとbと置いて、xイコールルートのaの二乗プラスbの二乗っていう式でxを求めることが出来る定理なんだ。
で、さっき話したものにこれを当てはめると斜辺が10の二乗プラス50の二乗の平方根になる。
だったら答えは10の二乗の100と50の二乗の2500を足してルートの中に入れて、まぁ…10ルート26、つまり50ちょっとに数字上にはなるんだよ。」
「…だから何だって言うんですか?」
腕を組み、東出がいらついた様子で足でリズムを刻んでいる。
ああ、と広池がようやく我に戻ったように笑った。
「じゃあね東出。10mを学校の2階の窓までの高さ、50mを学校までの距離だとすると?」
「はぁ?」
文句を言い出しそうな東出の口元を見ながら、広池は間髪入れずに続けた。


「それと、火薬が簡単に作れてそれが衝撃に弱かったら?」

「……え?」
狐につつまれたような東出の顔を見て、広池は目を閉じた。
死んでしまった6人の、球場で交わした笑顔が浮かぶ。
ふっと、笑みがこぼれた。何の為だか分からないが広池は笑った。
「まぁ、これ以上は言えないけどね。まだ俺は死ねないし。」
下手すれば今この場で首輪が爆破されることだろう。
しかし言った何秒後の今でも生きているということは、自分の考えが向こう側に知られていない―――ということでいいんだろうか。

(なら、それでいい。)
一呼吸して、目を開く。東出は何かに気付いたのか、少し陽気な顔をしていた。
広池はそれを見て、再び微笑んだ。

「俺はね、弔おうと思ってるんだ。」

カチャンと鞄の中の瓶が音を立てた。頭の中に響いていた波の音はいつの間にか薄れて薄れて、消えた。
そして朝日がもうすぐやってくる、いつものように。
広池は肩に掛けた鞄を背負いなおすと、背後の岩場に足をかけた。


【生存者 残り36名】


リレー版 Written by ◆ASs10pPwR2
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