もしも3馬鹿常夏トリオが種死に出てたら 格納庫

シリアス5

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ひどい鉄の匂いがしていた。

無論、それしかしない訳ではない筈だが、鼻についてしまったとでも言うのか、アウル・ニーダにはそれしか感じられなかった。それは血の匂いであったり銃火器の匂いであったりしたが、お世辞にも良い匂いと言えないのは確かだった。

全く胸が悪くなる、とアウルは支給品のインスタント・オレンジジュースをあおった。

そして顔をしかめる。ろくな味ではなかった。

「……ひでえな」

まるで代弁するようにスティングが呟いたので、アウルはいささか驚いて彼を見た。

とはいえ相手にそんなつもりはなかったようで、彼は装填途中の薬莢と小銃を足の間に置いてあぐらをかいているだけだった。その右頬は一面ガーゼで覆われている。
奇襲から逃げてくる途中、飛び出していた木の枝で派手に切ったのだ。

銃弾は一発も掠っていないくせに、そういうどうでもいいところで負傷するのはどうかとアウルは思ったが、今更なので口にはしない。

それより、と彼はゆっくりとスティングが眺めている方へ目をやった。

確かにそれはひどい光景だった。
AD世紀の野戦病院のよう、といえば一番近いだろうか。

営地まで後退したはいいが、その後は悲惨なものだった。あちこちで負傷者が苦悶の声を上げており、それを明らかに数の足りていない衛生兵が救護して回っている。

そして人手が足りない以上に、物資自体が不足していた。
治療用の薬や器具などである。

アウルに言わせれば、たかがテロリスト相手とはいえ、そんなところで出し惜しみをする
赤道連合軍の気が知れなかったが、例のクロトによるとかの国の経済状況を考えれば、これは無理からぬことであるらしい。

だが、実際に戦っているアウルにとってはあまり関係のない話である。赤道連合の国庫がどれだけ窮乏していようが、現実に戦場に出るのは財務省の役人ではないのだ。

これがお役所仕事というやつか、と彼が胸中で唾棄していると、駆け回る人々を器用に避けながら、二つの人影が歩調も早くこちらへ向かってくるのが見えた。

アジア系が大半を占める中、ひときわ目立つ金髪と赤毛。オルガとクロトである。

「どうだった?」

あまり気は進まないながらも、一応率先してアウルは彼らに声をかけた。
オルガたちは近くまでやってくると足を止め、難しい顔をして頭を振った。

「駄目だ。やっぱどこにも居ねえ」
「無線も探知も全滅。ラボの連中も完全に見失っちまったらしい」

つくづくうんざりしたように言うクロトに、スティングが失望したような溜め息をついた。
アウルは嘆息こそしなかったが、眉間に皺が寄るのは止められなかった。

――今、ここに居るのは彼とスティング、そしてクロトとオルガの4人だけである。

襲撃直後に別れて以来、ステラとシャニの姿は見ていない。

あの状況で更に敵地へ進む程彼らは愚かではない筈だが、ここ以外に戻ってくるところもないことを考えると、森で迷うか捕まるかした可能性が高い。

無論、もっと高い可能性もあるのだが、それについて考えることに意味はなかった。

心なしか意気消沈した様子で、スティングがぼそりと呟いた。

「無事かな……あいつら」

するとオルガが肩をすくめた。彼は「さあな」と素っ気なく言うと、どこからともなく薄汚れてぼろぼろの冊子を取り出した。そのまま軽く放ってくる。

反射的にそれを受け取って、アウルは中を開いてみた。

「……何これ、日記?」

解読不能の記号の羅列の中に、辛うじて「4/16」という表記を見つけてアウルは呟いた。およそ一週間前の日付である。状況を考えるとこれが誰の持ち物なのかは察しがついたが、しかし同時に信じられないことでもあった。

立ち上がったスティングが、横合いから冊子を覗き込んでくる。

「テロリストの――てことはねえか。わざとらしすぎる」

確かに、とアウルは無言で頷いて同意を示した。

通常、防諜の観点からみて、行軍中に日記をつけるなど自殺行為である。この場合はテロである訳だが、あれだけ大がかりな罠を企てていた以上、そして正規軍の情報部がそれを察知できなかった以上、相手の情報戦能力はそれなりに高い筈である。

とすれば、考えられることは一つしかない。

「罠じゃん? どう見たって」

ごく常識的にアウルは言った。クロトが浅く首肯する。

「だろうね。そんなことも分からない程、赤道連合の情報部は馬鹿だったらしいよ」
「何だって?」

スティングが目を丸くした。クロトはただでさえ目つきの悪い三白眼を更に険しくして、傲然と顎を上げた。そうすると小柄な――人のことを言えた義理ではないが――彼を、何やら妙な威圧感のようなものが取り巻いた。

「これが見つかったのが4日前。暗号化なんかされてねえ、普通にここらの土地の言葉で書いてあった。それで中身の通りに3日前のクーデター」
「で、中身の通りに連中の本拠地目指してこの様って訳だ。ま、それで罠だって分かって、こいつも用済みだっていうから頂いてきたんだが……たまんねえな」

疲れたように吐き捨てるオルガからは、もう怒りを通り越して呆れしか感じられない。

呆気に取られたのはアウルだ。何となくスティングと顔を見合わせるが、彼も似たような表情をしている。そのまま二人して視線をスライドさせて、辺りの阿鼻叫喚の様を見る。

あそこの彼らが、一体誰の所為で傷つく羽目になったというのか?

額にかっと熱が集まるのをアウルは感じた。

「ふっ――ざけんな! 何だよそれ、信じらんねえ!」

湧き上がった怒りのままに、地面に置いてあった背嚢を蹴り飛ばす。

武器の詰まった背嚢は重いが、アウルとて強化兵士である。妙に鈍い音がして、背嚢は2メートルほど吹き飛んだ。スティングが慌てたように制止に入る。

「や、止めろって! お前が怒ってどうするんだ」

言って後ろから肩を掴む手を、アウルは乱暴に振り払って彼に向き直った。

「スティング! 何だってお前はそう――」

喧々と怒鳴り返そうとしたところで、横から手が伸びてきてアウルの視界を塞ぐ。

一瞬、虚をつかれて声が詰まり、そちらを振り向くと、不機嫌そうにこちらを見ているクロトと目が合った。そのまま、彼は低い声で言った。

「止めろっての。ここでてめえが喚いたって、ここの情報将校の頭が回るようになる訳じゃねえ。話聞く気がないんだったら、どっかよそへ行きな」

にべもない。容赦もない。冷ややかなクロトの双眸に、強引ながら冷静さを呼び戻され、
アウルはしぶしぶ握り締めていた拳と肩から力を抜いた。

すると、それまで黙って成り行きを傍観していたオルガが口を開く。

「……で、続けていいのか?」

その妙に落ち着き払った言い方に、聞き分けのない子供を相手にするような雰囲気を読み取ってアウルはむっとしたが、ここで言い返しては本末転倒である。

無言でじろりとオルガを睨むアウルを横目にして、スティングが「ああ」と首肯した。

「まあ、それでだ。こいつにゃもう大して価値もねえんだが……ここがちょっとな」

アウルの手から日記を抜き取って、オルガがとあるページを開く。アウルが覗き込むと、そこにはお世辞にも絵心があるとは言えない筆致で、地図のようなものが描かれている。

同時に、クロトが隣でちゃんとした地図を地面に広げ始めた。その脇にオルガがかがみ込んで、日記の地図をその上に置く。アウルは首をひねった。

「これって、この辺の地図? さっき僕らが通ってきたとこじゃん」
「いや、待て。違うぞ」

だが、オルガに倣って地図の側に座り込んだスティングが首を振る。彼はクロトの地図の一点を指差すと、日記と見比べながら言った。

「こっちの日記、ここに何もねえことになってる。これ、何だ?」

彼の指の先には、太陽を少し変形させたような記号が描かれている。それが森の真ん中に、ぽつんと存在しているのだ。クロトが一度だけ頷いた。

「発電所さ。もっとも何十年か前にお役御免になったらしいけど。で、原子力じゃない」
「今も動くってこと?」

驚いてアウルは訊き返した。先日打ち込まれたばかりのニュートロンジャマーの影響で、地球上では原子力発電が行えなくなったばかりである。
代替となる発電施設の確保は、最優先の急務である筈だ。

顔つきをいくぶん鋭くして、オルガが答えた。

「可能性はある。それで、この日記なんだが、これだけ他は詳しく描いてある割に、ここだけ抜けてるってのは不自然だと思わねえか?」

その言葉を怪訝に思いながら、アウルはじっとその日記と地図を見比べた。

確かに、言われてみれば日記の地図はえらく詳細である。
地形の正確さという点ではクロトの地図に及ぶべくもないのだが、細々とした地名や施設の所在などはかえってよく網羅しているくらいである。

それなのに、この発電所だけが欠けている。

クロトがオルガの言葉を引き継いで続けた。

「この日記は罠の布石だ。見事に引っかかってから言うのも何だけど、向こうに不都合な情報はそうそう載せてない筈なんだ。それが大事なものなら尚更ね」

何となく彼の言いたいことが見えてきて、アウルは神妙に押し黙った。スティングが一度、うまく呑み込めていないような顔をして、それからあっと声を上げる。

「――そうか、ジンの動力か!」

オルガがにやりと笑みを浮かべた。

「ご明察」

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